あれはアヒルの行進。言うなればミカン色

 

 

 

 

 

 

 

『拝啓ロイ・マスタング様

 7月8日の今日と明日が混ざる時刻に、下記の場所にお越しください』

 

 

 

 

 

 

 

いつだったか、そんな話をした事があった。

 

 

生暖かい風が、けれども不愉快ではなく、

仕事に疲れた肩をグルリと回してほぐしながら、

横には金色と鉛色を合わせて持った愛しい人。

 

 

自分は家路に、彼女は弟の待つ安宿に向けて歩を進める。

 

ぽつりぽつりと灯り始めた街灯と、

帰宅を告げる声とそれを迎える声。

鼻をくすぐるのは夕食の香り。

 

 

 

「俺、この感じ・・・泣きそうになるんだよなぁ」

 

 

なんだと思うほどに当たり前に。

いつもは弱音なんて言いなさいと言っても溢さない彼女が、

ぽつりと何の気なしにそんな事を言った。

 

 

この感じというのは、きっと自分も感じていた、

決して故郷の風景と同じではないというのに、

自分の中の郷愁を誘わずにはいられないようなこの風景なのだろう。

 

 

「ただいま」と「おかえり」が溢れている場所。

そこに戻る事を誰も疑っていないそんな場所。

 

 

「ここには今日と明日が混ざっている」

 

 

時刻は重なった秒針と短針ではないけれど、

事実として、「今日」が「明日」になったわけではないけれど。

 

 

それでも「また明日」と言って別れた者たちとの狭間の時間。

ゆっくりと「今日」が「明日」に移行していく。

そんな時間。

 

 

 

 

 

そんな日を過ごした翌日に、

彼女は目の前から姿を消して。

 

 

軍の情報網を使っても、私用で動かした事の無い権力を使っても、

路地裏の情報屋を使っても。

 

 

彼女の行方はそれから全く掴めなくなった。

 

 

酷く裏切られたような気がしたが、

あの鎧の弟が一緒であるならば、自分はいつだって彼女を縛っていられると、

そう心の底では思っていた自分に気が付いて、

なんだ、裏切っていたのは、自分の方だったのかと思った。

 

 

口先で愛を囁き、君の為なら惜しむ力などないと。

 

それでも、彼女の禁忌で、

ここから離れられないのだと。

そう安心していた自分がいたのだ。

 

 

 

なんて都合のよい考え。

痛む羽根を一本ずつ差し出させていたのは、私だ。

 

 

 

 

そうして時の流れた今。

 

珍しく書類の山が築かれていないデスクの上に、

真っ白な封筒がある。

 

差出人こそ書いていない者の、

懐かしい筆跡は提出を義務付けていたあの報告書のものと変わっていない。

 

初めに気付いたのが長年の部下であったことが幸いした。

 

でなければ、差出人不明の封筒がそのまま渡されるような地位ではなくなった自分のもとに、

この封筒が届くはずはなかっただろう。

都合よく考えるなら、もっとずっと以前からこうして彼女は自分宛に手紙を寄こし、

しかし、そんな事は知らない下仕官どもが幾度となく廃棄していたのではないか。

 

 

まぁいい。

ここに手紙があるということが、何より彼女がいるという証であるのだから。

 

 

 

カサリと音を立てて、白い封筒の中から便箋を取り出す。

今までこんなに、たとえ上司からの重要書類であっても取り出しに気を配ったことなどない。

少々では破れたりしないだろうけれど、

それでも一つ一つの動作に慎重さが要求された。

 

 

 

二枚の便箋。

深呼吸を1つ。

 

 

 

『 拝啓  ロイ・マスタング様

 7月8日の今日と明日が混ざる時刻に、下記の場所にお越しください 』

 

 

 

 

下記の場所はリゼンブール。

日付はまだ春のこの時期からずっと先。

暗号めいた時刻の指定は、あの時の記憶。




ゾウが踏んだのは まあるいお皿のケーキ1つ