はぁはぁはぁ
なんだお前、こんなに走れたのか。
うるさい。私だって、軍の人間だ。
・・・・確かに、最近デスクワークが主だが。
列車を降りて、ピーと駅長の笛が鳴った後に、ゴトリゴトリと列車は再び動いた。
長閑な風景は以前見たときと対して違いは見えず、
なんだ大して時間なんてものは経過していなかったのではないかと、そう思った。
ここに来る為に毎日山のように積まれる書類たちを片付けた。
今ではサボるなんて怖くて出来ず、きちんと業務をしたとしても溜まる一方だった書類は、
それでもどうにか片付いた。
「やればできるじゃないか」なんて、誰にでも言われる必要のないほど、
自分が一番そう思っていただろう。
せわしない毎日が随分と遠くに思えるほどに、ここは長閑だった。
昨日まで自分の空間は書類のやり取りやリンリンと煩い電話の音だったのに、
ここは風の音と太陽の匂いに溢れている。
一歩一歩、あの時訪れたあの場所を目指した。
以前は馬車で通った道を、記憶を辿るようにして進む。
田んぼのあぜ道、一軒だけの商店。
動物たちの鳴き声。
『俺、この感じ・・・泣きそうになるんだよなぁ』
以前彼女がいった、『この感じ』が、
きっとこの風景を思い描いてそうして言った言葉だったのだろう。
ここは、彼女の心にずっとあった、暖かい場所だ。
どんなに手を尽くしても見つけることの出来なかった彼女が、
ここにいる。
もちろんこの場所を考えない訳ではなかった。
彼女が『帰る』と考えられる場所は、ここでしかないとさえ思っていたくらいだ。
それでも、彼女の行方は掴めなかった。
足が動いた。
ポケットに入れていた腕を振る。
太陽は体温の上昇を助けながら、その場所へ導いた。
もうすぐ沈む太陽なのに、ジリジリと地面を熱し続けている。
「今日」と「明日」が混ざり始めた。
君のもとへ急がなければ。
目指した先に新しい家は作られていなかった。
彼女の幼馴染の家は変わらずその場所にあったが、
なぜかそこに彼女はいないように思った。
そんな無粋な。
何年ぶりに会うと思っているのか。
そして、幼馴染のいるその場所は、「今日」と「明日」の混ざる場所ではない。
丘を駆け上がり、沈む太陽を見渡せる場所に、
大きな木が一本あった。
辺りは燃えるような赤色に包まれ、
山の端に一本の線が現れて、全てのものがそこに吸い込まれていく感覚。
木の横に暗い人影を見つける。
心臓はドクリと脈打ち、
暑さとは違う汗が噴出した。
「あっ・・・・」
情けなく口が震え、声にならない。
これが狸どもと化かし合いを続け、今の地位を奪い取った自分の姿か。
コツコツと一歩ずつ。
丘の上の木を目指す。
「っ・・・・君は?」
「初めまして・・・・といいましょうか」
細い髪は彼女によく似ている。
金色ではなく、オレンジに近いストレートヘア。
意思の強い眼差しなのに、
細めたその先に知らない色を宿している。
声も、同じであるはずなのに、
憎らしく愛らしく響くものではない。
白い肌も、その背格好も、違和感なほどそっくりなのに。
体のすべては彼女を彼女と認めない。
どういうことだ?
君はどこに?
足音を立てて「今日」が逃げていく。
胸のポケットにある手紙は確かに君のものだろう?
どうして。
どうしてここに君がいない?
「君は誰だ」