カタカタと回るのは昔を映し出す機械。
古ぼけ、色あせた写真の連続は、まるでその人がそこに居るかのような動きを見せる。
カタカタと動きながら、しかし、確かにあった笑顔を映す。
「はぁ・・・どうにか成らないものかね、中尉」
「大佐が仕事を溜め込むのが問題かと」
一体何度そんなやり取りをすれば気が済むのかというような回数を
狂いなく進める上司が2人。
ハボックは半ば諦めた様子でその2人のやり取りを見ていた。
机の上に高く積まれた書類の期日は迫り、業を煮やした中尉の愛銃が火を噴くまであと少し。
カウントダウンの前にそっと部屋を後にしようと心に決めた。
「よぅ、ロイ!相変わらず仕事溜めてんのかぁ」
そんな部屋の空気を一新させるかのような気の抜けた声の持ち主は、
我らが上官殿の親友らしい。(ロイ曰く悪友だそうだが)
ノックもなく室内に入って来たヒューズに、ロイは眉を寄せたが、
とくに咎める様子はない。
また厄介なのが現れたぐらいに考えているのだろう。
「あっ何なんっスか?それ」
ヒューズはその腕の中に小さな小箱を抱えていた。
敬礼のポーズをそのままに、これか?とこちらに振り向いて、
怪しくふふふっと笑って見せた。
・・・やばい。
周囲の視線が「こいつ地雷踏みやがった」と言うものに変わる。
周知の事実ながら、彼が話し始めたら止まらない話題がある。
家族自慢。
その小脇に抱えている小箱が何であるのかは知らないが、
あの不適な笑は今までに何度も経験しているもので、
それが少なからず家族自慢に関するものなのだ。
こちらの「やめてくれ」という空気など気にもしていないように、
ヒューズはその小箱をロイの机に置いた。
書類が散乱していても置けるほどの小さなもので、
これがどう家族自慢に繋がるというのか。
「ふっふふ。これはな間違って届いたロイへの贈りものだ」
「「はっ?」」
執務室にいた、ロイ、ホークアイ、ハボックは当然の事のように、
妻のグレイシアがどうしたやエリシアの可愛らしさについて話されるとばかり思っていた。
恐るべき刷り込み現象。
「なんでも、中央司令部に間違って届いたらしくってな。危険物感知にも引っかからないし、
どうせなら本人に届けようと思ってな。持って来てやったよ」
ロイは渡された小箱を手に取ってみた。
可愛らしい包装がされているが、とても軽い。
その様子から、今まで渡してきたアクセサリーのようだとも思う。
・・・しかし、この包装には見覚えがない。
誰にどんなものを渡したかということは、覚えておかなければならない。
つまりは、2度同じものを渡さない為である。
複数の女性を相手にしている、無駄に頭の良いロイにとっては簡単なことで、
だからこそ、これが女性から送り返されてきた贈答品というわけではないらしい。
「取り合えず、開けてみるか」
ニヤニヤとして笑っているヒューズの顔も憎たらしいし。
この場から早く逃げ出そうとしているハボックもうっとうしい。
さらに、仕事に戻れと暗にその視線を送る中尉は恐ろしい。
ガサリと乱暴に包装紙を空け、
小箱のフタを開けた。
☆☆☆
「いったたた」
「っ・・・大佐っどけて・・・」
折り重なるようにして倒れている周りを煙が囲う。
爆発音というような大きなものでないにしろ、
辺りが見えないほどの煙がある。
「大佐!!お怪我は?!」
この場合、怪しむべきはロイが開けた小箱。
そして、それから一番近い位置にいたのは開けた本人。
ホークアイはすぐさまロイの安否を尋ねる。
「私は無事だ」
「・・・俺が無事でないんスけど」
ハボックの背中に落ち着いているロイに向かって、
ハボックは不満を漏らす。
「・・・って、おい。・・・どうなってるんだよ・・・」
互いに互いの事しか見えていなかった当事者たちは、
問題の小箱を執務室に運んできた諸悪の根源の言葉を耳にする。
あのどこまでもとぼけた男が口にした、真剣な声に、
煙が晴れていく、その光景を映す。
執務室。
そう、確かに自分たちは執務室にいた。
しかし、ここはどうだ。
もくもくと漂う煙を吹き飛ばしていく、風。
辺りを包むその太陽の光り。
草のサワサワという風になびく音。
どれを取ろうとも、決して執務室の中にいるのだと思うものはいない。
「っなっ何なんっスか!!!!」
ガバリとハボックが起き上がった事で、
その背中に落ち着いていたロイは、地面に投げ出された。
「ぐぅえっ」という、潰れた何かの声を出したが、
それでも投げ出された先は柔らかい土の上で、大した衝撃はこなかった。
「ここが何で、どこがこうなったのか、冷静に考えましょう」
そう言った常に冷静沈着なホークアイでさえ、
どこか言葉がおかしくなっている。
一同が、訳が分からないと顔をしかめたその時に。
子どもの声がした。
「早く来いよ!何か煙があがってた」
「まってよ〜」
その声のする方を4人は何も言わずに振り返った。
どこかで聞きなれた声だったからかも知れない。
そうして、見た先に。
太陽が反射して、キラキラと光る金色の子どもを見つけた。
あまりに眩しくて、よく見ることが出来なかったが、
丘から窺うように身を屈めて、ひょこりとこちらを見ている。
「わぁ!!人が倒れてる!!」
「ぼっ僕母さんを読んでくるよ」
覗きこんでいた子どもは我々を見れば驚きの声を上げ、
1人は元の道を駆け戻って行った。
子どもの声に振り向けば、確かにまだ煙の多少残る場所に大人が4人。
1人は立ち上がり、その横にこけているのが1人。
足を投げだし座っているのが2人。
そして、4人ともが軍服で泥だらけである。
何かに巻き込まれたと考えて当然の様子。
「・・・大佐。あの子どもに見覚えがあるのですが」
遠くからこちらを除き見ている子どもを見据えて、ホークアイが呟く。
知り合いであるならば、この状況を少しは判断するための材料になるかも知れない。
「誰だね」
「私の推測が正しければ、大佐も会ったことがあると思うのですが」
中尉のその言葉に怪訝な顔を向けながらも、光りの中にいる子どもに眼を向ける。
キラキラと光る金色の髪は、自分の大切な人の髪に良く似ている。
・・・。
よく似ている、それはもう良く・・・。
「ちゅ中尉・・・。君は誰だと思った」
「きっと大佐がお考えになっているだろう人物かと。」
だらだらと汗が流れる。
それはこんな明るい陽気だからではなく、体の心から流れ出すもので。
「そんな訳はないだろう!!ならば何故あのような子どもの姿で」
そう。
子どもの姿であろうはずはないのだ。
自分の思い人は、多くの者からやれミジンコだとか豆だとか罵られるほどに小さい。
しかし、それは小柄だという意味で、あのような子どもではないのだ。
「しかし、私たちが最初にあった頃の姿だとは思いませんか?」
「エド!!大丈夫なの?!」
今度は少し高い女性の声がした。
その声に一番反応したのは転がっている軍服の集団ではなく、
こちらを眺めていた金色の子ども。
その声に勢い良く振り返り、「母さん!!」と叫んだ。
(あぁ、もう声までそっくりじゃないか・・・)
大きく響いたその子どもの声に、母親らしい女性が呼んだ名前。
何がどうなっているのか全く分からないが、
自分があの愛しい人をたとえ姿が違っていても間違う可能性は極めて低いのだろうことも
同時に思い知る。
☆☆☆
「・・・つまり、ここは過去のリゼンブールだってことか?」
キシリとなる木製のイスの背もたれに顎を乗せて、呟くように確認をする。
ヒューズはなかなかの切れ者で、状況判断も的確である。
それ故に、この状況を早くも理解したようだ。
「あぁ・・・」
「どっどういう事っスか!?ここが過去って!!」
2本近くタバコを燻らせた後で、窓際に座っていたハボックがこちらの話に加わった。
どうやら現実に向かう気になったらしい。
「お前たちは、鋼の・・・エドワードたちの昔の姿を知らないが、
私たちの見た11歳のエドワードに彼女がそっくりだと言うこと。
さらには、アルフォンス・エルリックと呼ばれる弟の存在、母親の健在。
・・・どういう訳があるのか知らないが、ここは8年前のリゼンブールらしい」
あの騒ぎの中、子どもたちをその場にかばう様にして残し、
話に来たのは女性・・・トリシャ・エルリックだった。
初めて交わす言葉には、軍人に対する若干の恐怖が見られたが、
賢い女性だった。
どこで時空の歪が生まれたのか、また、どういう論理が働いたのかさっぱり理解できないが
自分たちは過去に飛ばされて来たらしい。
それも元いた場所ではなく、東部の村に。
困惑しながらも、自分たちは軍人であるが、危害を加えようとは思っていないこと。
(時代を考えれば、先の戦闘の真っ只中であるため、軍人を警戒していても仕方ない)
そして、自分たちは東方司令部の者だが、今日の宿が無い事などを大まかに説明した。
トリシャ・エルリックは、警戒している様ではあったが、
こちらの目をじっと見つめてから、幾つかの質問をして、ようやくその顔に笑みを浮かべた。
聡い女性だ。
いや、子どもを守る母親というに相応しいと思った。
彼女はトコトコと歩く2人の子どもの手を引きながら、
4人を先導し、小高い丘にある家に案内してくれた。
その中に入るのは、実は2度目である。
笑顔のままに「どうぞ」と進められるが、その足元にまとわり着いている2人の子どもを見た。
興味津々ではあるが、軍服に怯えているのか、
母親の後ろからちょろちょろと顔を出す。
その姿は11歳のあの日の姿とは全く違いながら、
しかし、その時を予感させる姿だった。
キィと開くそのドアの先には、当たり前ながら生活の匂いがあり、
血なまぐささなどどこにもない。
思い返すことの出来る惨劇の全てが浮かび、そこにある暖かな家庭が眩しく映る。
「どうするかって事だが・・・俺らがここに来たのは幸運なのかも知れない」
常のちゃかすような口調ではなく、ヒューズは声を続ける。
キィと木製のイスが軋み、各々がヒューズの声に耳を住ませる。
この家の住人は突然の客人のために市場に行くといって先ほど出て行った。
多少無用心だと思うものの、これが田舎ならではの風景なのかも知れない。
幸せに満ちた空間。
子どもたちの笑い声もないその家の中で、不釣合いな軍人は声を潜めて話をする。
「どういう事だ?ヒューズ」
「今なら・・・変えられない、しかたないと思っていた事を変えられるかも知れない」
『もし』も『そうだったらよかったのに』も時すでに遅い。
それらは何時も手遅れで、自分の力なさを責め立てる。
『もしも』姉弟が賢者の石を欲していなければ。
『もしも』姉弟が自分の体を失っていなければ。
『もしも』姉弟が禁忌を犯していなければ。
『もしも』姉弟が母親を失っていなければ。
『もしも』母親が病を患っていなければ。
いつだって大人たちはその事実に目を逸らしてしまいたかった。
考えてしまういくつもの『もしも』は変えられない事実ぱかりで、
守られているはずの子どもの背中に大きな荷物を背負わせ、
戻ることの出来ない道ばかりを歩ませていた。
「母親は生きている。あの子たちはまだ禁忌を犯していない」
ヒューズの碧眼は真っ直ぐに前を見上げた。
窓際にいたハボックはタバコの火を消して、部屋の中ほどまで歩を進めた。
「大佐のお考えをお聞かせください」
隣にいたホークアイは言葉少なにこちらを見た。
「・・・考えるまでもない。あの子達が求めるものを知っていて、
今の私たちにはそれを守ってやることができる」
全ての輪廻の原因は『母親の死』
それさえ断ち切れるならば、あのような辛い思いをする事はなかった。
各々から向けられる視線に対して、ちいさく頷き、
こちらも目線を返す。
「いいのですか。それで」
「良くない理由などありはしないだろう」
「・・・でも、エドは」
「今、あの子に必要なのは私ではなく、母親だ」
ホークアイとハボックの言葉。
ヒューズは何も言わず、ただこちらを見ている。
エドワードとは恋人同士。
それは、8年後のその世界での事。
大切で、愛しくて、何よりも失いたくはない存在だ。
しかし。
泣けない涙を何度も見てきた。
唇を噛んで、掌を自分の爪で傷つけて。
鎧の弟と殺してしまった母親の影に怯えていたことも知っている。
強がるけれど、弱さをしまいこんで、
そうして、1人で膝を抱えていたのだ。
あの小さな少女は。
守ると決めた。
何があっても、君の幸せを私が守ると。
ならば、迷う事がどこにあるだろう。
全ての罪から君を救う事ができるのだから。
禁忌を犯していなければ、たとえ書類の不備でここに来たとしても、
私は彼女を勧誘してはいないだろう。
そもそも母親を失っていなければ、エドワードは必死に錬金術を学んでいないだろう。
僅か11歳でたとえ成功しなかったとしても人体練成を行い、
生きて帰ってこれたのは、『母親を蘇らせる』その一心であったからだ。
そして、失った弟の体を取り戻すという目的がなければ、
たとえ勧誘したとしても、彼女は決して軍属にはなっていない。
「未来が変わる危険は多分にあります。
未来に戻ったとして、そこにエドワード君はいないかも知れません」
「生きてくれればそれでいい」
自分と出会わなくとも、それでも構わない。
たとえ、瞳に焔を宿さなくても生きていけるのだろうから。
それでいい。
立ち上がればガタンとイスがなり、ヒューズ、ホークアイ、ハボックも立ち上がる。
「トリシャ・エルリックを死なせるな。
・・・エルリック姉弟に禁忌を起こさせてはならない!!」
ヒューズ、ホークアイ、ハボックが一斉に敬礼をする。
淀みないその動きに蒼い軍服が揺れ、ビシリと音が鳴る。