【居場所】 「思考的問題 4」







ガタン

「もしもし?・・・あのどちら様ですか?」


「・・・アル?」


「姉さん?どうしたの?こんな早くに・・・」


「・・・いま、ノーランドなんだけど」


「ノーランド?!どしたの??」


急な姉からの電話に眉をしかめる。
場所は中央とリゼンブールのほぼ半分の場所にある村だ。
ここが大雪であるのだから、ノーランドも雪が降っているだろう。
まだ夜が明け始めたばかりだから・・・ずいぶん冷えるだろう。



「姉さん?」


「帰ってたんだけど・・・列車止まっちゃってさ」


「何かあったの??」


「・・・帰っていいかな?アル・・・」



こんな声。
いつ以来だろう。
耐えながら、しぼりだすような・・・そんな声。
自分がかつて鎧だった頃に聞いていた声。


「もちろんだよ。ここは姉さんの家でもあるんだから」


無条件で守らないと。
こんな声の姉さんは、まったくそんな事ないという顔をして、
酷く辛がっているのだということを、
僕は誰よりも知っているのだ。

話を聞くのはその後でいい。
姉さんがこの暖かな家に帰ってからで。

暖かいミルク・・・は嫌いだから、
ココアを淹れて。
ウインリィにはアップルパイを焼いてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【危険因子】「思考的問題 5」







ガシャン・・・ツーツー

駅に備え付けられた電話を置く。
急な足止めに、電話を待っている人は多く、
自分の後ろにはまだ沢山の人が待っている。
冷えた指先を擦りながら、はぁと息を吹きかけているのが見える。

故郷の弟は、きっと心配しているだろう。
人の心を敏感に感じ取ってしまう弟は、困惑している。
きっと今の自分の心を隠しきれてはいないだろうから。
けれど、ここでロイに居場所を知られる訳には行かないのだ。
連れて帰られれば、自分は生きていけない。


お願いだから。

弟の優しさを利用しているのかも知れない。
こんな状態で故郷に帰ると聞けば、
原因は夫であるロイにあると弟は考えるに違いない。
そんな彼が、居場所を問い立たされても、言いはしないだろう。
こんな事に打算的になれる女性という性が、
自分の中にあることに苦笑が漏れる。
同時に過ぎった思いにも。

(どうしているかな・・・)

自分からあの空間を手放してしまったことを、
今更に後悔しているのだろうか。
浮かんでくる思いに気付かないよう首を振る。

探しに来て欲しくない。会いたくない。
・・・でも。
会いたい。探しに来て・・・欲しい。

雪は全てを覆うようにして、駅も列車も、人さえ隠していく。
自分の心以外の全てのものを。

このままどこかに消えてしまえば、
彼は自分を探してくれるのだろうか?
それとも、丁度いいとばかりに、新しい女をあの手で抱くのだろうか。
「妻を亡くした可哀想な人」そんな看板を提げなくとも、
彼に言い寄る女性は多い。
たとえ妻帯者であっても言い寄っていたのだから。




「・・・うぐっ」


胸が苦しい。
急に吐き気がして、その場に屈みこむ。
冷たい駅のホームは、
荷物を抱えた人と、連絡者の列で賑わっている。
そんな中に1人でいることも、さらに心細さを増長させていく。

お腹もキュと締め付けられるかのようだ。
流したくは無い涙が、瞳に浮かぶのを感じて、
腹を押さえていた腕で、浮かんだ涙を乱暴に拭きとる。
じわりと濡れた袖は、雪が溶けたせいにして、
決して彼のために泣いた訳ではないのだと言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 

【すれ違いダンス】 「思考的問題 6」


 


君の心に近づいたという傲慢な自信は、
どんな強固な想いだったとしても、届きはしないのだろうか。


「はい、エルリックですが」


「私だ、アルフォンス。エディはそっちにいるかね!」


まくし立てる様にして言葉をつむぐ。
妻の行き先を考えて、浮かぶ場所はそこしかなかった。
どれほど望もうと彼以上の位置に自分はつけないのではないかと、
そう思うほどの絆で結ばれた相手。
弟が住む家に電話をかける。


「どうしたのですか。そんなに慌てて」


声のトーンを聞いて、彼が何かを隠しているのだろう事を悟る。


姉の事を何よりも気にかけていた彼が、
所在不明だと言ったに等しい言葉を甘受しているならば、
つまりはエディの所在を知っているという事に繋がる。
分かっていながら、彼はそんな言葉を自分に向けているのだ。



(教える気など無いということか?)


いつも鎧の下で、人の良さを香らせていた彼は、
守る何かの為にはどこまでもしたたかになる事を、知っていた。
その最たる例は、姉であるエディを守る時だろう。

「・・・君は知っているんだね。どこにいるのか」


「はい。とだけ言っておきます」


「それはリゼンブールかい?」


「嫌だなマスタングさん。僕が答える気などない事を貴方は知っているでしょう」



いつもは「義兄さん」と呼ぶ彼が、意識して「マスタングさん」と呼ぶ。
事の深刻さを感じ取って、寒さからではない震えが手に現れる。


(まさか)


自分でも、ここまで弱る事が出来るのかと、
半ば感嘆してその様を傍観した。
1人の女性はまぎれも無く、あの金色をした女性。


「無事なんだね」


「貴方には関係の無い事です」


 


取り戻せないものは?
取り戻したいと願うものは?

確かに得るはずだった幸福の欠片を、
自らの腕で振りまいてしまったのは私。

 

 

 







 

 

【話と所在確認】 「思考的問題 7」


 




「准将!!エドが列車に乗ったのを見たって兵士が」



ノックもそこそこにハボックが玄関に転げて入ってきた。
行方は分からないと察した時に、いささか卑怯であると心に過ぎったが、
己の権力を行使した。
と言っても、大々的に配偶者の捜索を行う事は出来ず、
彼女の行方を真に案ずるであろう昔からの部下たちに応援を求めた。


アルフォンスに連絡を取ってからまだそんなに時間は立っていない。
自分も捜索に加わろうとコートを羽織り、玄関に飛び出たのと、
ハボックが転び入って来たのはほぼ同時である。

広いはずの玄関口に大人が3人。


それまでのガランとした印象は一新され、逆に窮屈にすら感じられる。
鍛えた軍人の体躯をした黒い軍部服の兵士は、
ハボックに腕を掴まれ緊張した面持ちで、自分よりも遥かに高い地位の上司宅に
意思とは関係なく訪れていた。



「妻を見たのかね?」


男のせいではない。
エドが今ここにいない事など彼はハボックに尋ねられるまで知らなかった。
はっきり言えば、今でもこの状況を理解しているとは言い難くさえあった。
それでも、目の前の黒髪の上司は有無を言わさぬ眼力で、
兵士を射抜いていた。


「奥方さまで有るかどうかハッキリとは判断しかねますが、
 ハボック中尉が探しておられた、小柄で金髪の女性が東部方面の列車に
 乗車しましたのは確認致しました」


それでも、敬礼と共に軍配給の革靴を鳴らし、
求められている情報を話す事が出来たのは、彼が軍人であったからだろう。


「時間から考えても・・・エドだと思うんスけど」


喫煙者の中尉はそれでも今はタバコを加えておらず、
思案気な上司であるロイの考えを聞く。


「今、アルフォンスにも電話したが、十中八九エドはリゼンブールに向かって
 いるだろう・・・だが」


「だが?」


鸚鵡返しにその続きを尋ねる。


「兵が見た時間から考えれば、もうリゼンブールに着いていてもおかしくない。
 夜間列車ではあるが、止まる駅は少ないのだから」


「アルんとこに居たんじゃないっすか?」


「それはない。あのタイミングで受話器を取るなど、
 誰かからの連絡を待っている時ぐらいだろう」

 


アルフォンスは電話に出た。
それもすばやく。


姉がここを離れ、実家に戻っている。そしてその原因を自分だと思っているならば、
あのタイミングでかかってくる電話に出るのはおかしい。


(・・・誰かから・・・エディからの?)


兵士の目撃時間。
すでに着いているだろうはずの妻。
姉からの連絡を待っている弟。


「あの・・・現在、列車は東部のノーランドにて停車中ですが」


おずおずと言葉を挟んだのは、情報提供者でもあった兵士。


「何?」


再びの眼光に一歩後退しながらも、兵は言葉を出した。


「この時期、大雪の為に列車の走行が遅れる事があるのです。
 ノーランドまでは割りと大丈夫なのですが、その先が」


「これから出る東部行きの列車は!!!」


兵の言葉が終わる前に、ロイは大声を発する。
それにとうとうハッキリとした物言いが出来なくなった兵ではあったが、
消えそうな声で「最終便なら」とどうにか声にした。



「ハボック!!車を回せ。エディを迎えに行く!!!」


「イエス!サー」

 

 

 

 

 

 

 

 

【悲しい手足】 「思考的問題 8」





 


どれだけ時間が経っただろう。
雪は止むどころか強くなっている。
列車の出発を待たず、宿を取りにホームを離れた人も随分と多くなった。
痛むお腹を抱えて、風が吹き込む駅のベンチに座っている。
駅長は相変わらず連絡に追われているのだろう、バタバタろ目の前を走っては、
右に左に。

 


「本当に・・・大丈夫?」


「あっありがとうございました」


ゆるりとした栗色の巻き毛をした品の良い女性。
駅で蹲っていた時に、手をとり、こうして横に付いていてくれたのだ。
1人が酷く心細かったその時に、伸ばされた腕は温かかった。
自分の腕が彼女の腕を冷やしてしまう鋼でなかった事に安堵した。


「まだ・・・顔色が悪いわ。少し先だけど、病院へ行った方が」


「いえ・・・帰らなければならない場所が・・・あるんです」



帰らなければならない場所。
本当に・・・あるのだろうか。たった一つのその場所を、
自分は手放してここにいるのではないだろうか。


「けれど・・・貴女のその様子、もしかして」


女性の言葉に疑問を感じて、腹をさする腕を見ていたその顔を
上に上げた時だった。
ポォーと、どこからか汽笛が響いた。


「あらっもう最終の時間なのかしら」


自分たちがやってきた方向から、鈍い光りが零れる。
大雪の為に随分とのっそりとした感じを受けるが、
ガタンガタンと響くその音が近づいているのだと知らせていた。


「あぁ!どうしてこんな忙しい時に!!!」


「駅長!もうすぐお着きになりますよっ」


「どうしてわざわざっ!中央の准将がこんなとこに」


騒がしい駅のホーム。
それでも人は随分と少なくなった。
響いてくる汽笛。


「中央の・・・准将?」


聞こえた会話。
誰が?彼が?・・・ここに?


「どうしたの?貴女・・・」


「っ!行かなきゃ!!」


痛みも悔恨もなにもかも捨てて。
走って逃げなきゃいけない。今は会えない。
・・・たとえこの胸がどれほど貴方に会いたいと願っていたとしても。

 


ねぇ。お願い。
追いかけないで。
貴方から離れて行かせないで。


この足で。
取り戻した事を貴方と喜び合ったこの足で、
貴方との距離を広げさせないで。


胸が痛い。
温かいはずの右腕で、ギュッと服を掴んだ。












ロイエド子