その日パパは保育園のお迎えがいつもより遅かった。
「どうしたのかしら・・・・」
先生は私と時計を交互に見回して、はぁとため息をついた。
それもその筈だ。
だって同じクラスの子はもうとっくに帰ってしまい、
保育園に残っているのは私とその先生だけだった。
先生も私が帰ればすぐに帰れるだろうに。
時計の針はパパが遅れて迎えに来る時間よりも一回り遅くなっていた。
パパは忙しいんだ。
「先生、ごめんなさい。
私パパから『今日はお迎えが遅くなるから、通りの前のレストランで待ってなさい』って、
言われてたの忘れてた」
「ミリアちゃん?」
「ご飯は何でも好きなものを食べていいから、そこで待ってなさいって。
お店の人には伝えてあるから大丈夫だよって」
先生は不思議そうな顔をして、顎の下に手を当てて悩んでいた。
「ミリアちゃん。そうかも知れないけれど、先生はお父さまから何も言付かっていないわ」
確かに、パパがもしそうするなら、きっと先生に言っておくはずだ。
でも、ここで怪しまれちゃいけない。
「うん。だから、園長先生に言ってたよ。『今日はお願いします』って」
「本当に?」
「先生がライアンのママと話している時に、パパが」
先生が朝のことを振り返って思い出しているのが分かる。
そう、あの時確かにパパが帰る前に、先生はライアンのママとお話していたんだ。
先生はじっと私の目をみて、ふぅと息をついてからこう言った。
「だったら、先生は電話で確かめてくるから、少しだけここで待ってて」
「うん」
先生はパタパタと走って電話のある部屋へ行ってしまった。
肩掛けの紺色のカバンの紐をぎゅっと握る。
ママがしてくれた猫さんの刺繍入りだ。
可愛くて、お気に入りのそのカバン。
「先生ごめんなさい」
嘘ついてごめんなさい。
パパは待っててって言っただけで、レストランに行けなんて言ってない。
でも、私、パパに元気になってもらいたいから。
暗くなったお外は怖いけれど、大丈夫。
いつもママと一緒に歩いて帰った道だから知ってる。
お買い物して帰ったこともある。
美味しいお魚屋さんの場所も知ってる。
野菜は角の少し奥にあるおばあさんがいる小さなお店。
そのおばあさんはいつも綺麗な飴玉をくれるの。
だから、パパ待っててね。
怖くて少しだけ走る。
怖くなったらまたカバンの紐をぎゅっと握る。
カバンの中には少しだけお金が入ってる。
アル君が帰る時に渡してくれたおこづかい。
パパにご飯を作ってあげるんだ。
ママと同じように買い物をして、美味しいご飯。
大丈夫、できる。
ママのお手伝いをずっとしてたし、見てたし。
ママの好きだったシチューにしよう。
暖かくって美味しくって、きっとパパも笑ってくれる。
ご飯を一緒に食べて、「美味しい」っていってくれたら、
これからはご飯は私がするからって言おう。
一緒にお風呂に入って、髪を拭いてもらって、
ご本を読んでもらおう。
パパ。
「リアっ!!!!」
ドンっという音がしてパパの声が聞こえた。
パパが帰ってきた!!
嬉しくて、でも恥かしいような気がして、
玄関に迎えに出ようかどうしようかと思っている間にパパはリビングまでやって来た。
足音に振り返って、パパにお帰りなさいと言おうとする。
「パパ「どうして!!」
ビクリと体が震えた。
リビングに入ってきたパパはハァハァ息をしながら、怒ってる。
パパ?・・・・私は。
元通りになるんだったら