マスタング家の奥様は自宅にいた。
結婚する前も夫の忙しさは分っていた気になっていたが、
一緒に過ごすようになってからより分った。
本当に夫は忙しいのだ。
司令部指揮官としての役割と同時に、
錬金術師としての仕事も回されているらしい。
年に一度の査定は軍役で免除されているものの、
錬金術絡みの事件となれば、その知識が必要となる。
厄介な事件であればあるほどに、その能力が必要と言えた。
「まぁ・・・優秀ってことですか」
エドは一人でリビングのソファーの上、クッションを抱きながら呟いた。
照れくさいような誇らしいような、
でも寂しいような複雑な感情を持て余している。
事件が起き、「しばらく帰れない」と電話を受けてから5日。
彼を愛すだけの馬鹿な女なら、
「私と仕事とどちらが大切なの」とか言って、泣く事も可能かも知れないけれど、
エドは夫が無理をしているのではないかばかりが気になるのみで、
無事ならそれでいいと本当にそう思う。
いつも自分を心配してくれていた事を知っているだけに。
「待つだけっていうのも、辛いのな」
夫となってくれた彼は、いつも自分が旅から旅の間こんな風に心配してくれていたのだろう。
「電話しろとか連絡しろとか、煩く言っていたのも分る・・かも」
こちらを心配してかかって来る電話がかからない所を見ると余程忙しいのだろう。
今日も帰ってくるのは無理のようだ。
「はぁ・・・一人分のご飯って作るの面倒なんだよなぁ」
作れるレシピも段々と増えたというのに、
食べてくれる人がいなければ、作る気も起きない。
食材だけはいつ夫が帰ってきても良いように買い揃えているのだが。
「はやく・・・会いたいなぁ」
エドは抱いていたクッションを強く抱きしめた。
そろそろ一人の夕食を簡単なもので済まそうと考えていたエドの元に、
リンリンと響く電話の音が聞こえた。
ピクリと耳を動かす様子はまるでウサギのようで、
腕の中のクッションをボスリと放り投げて、リビングの先にある電話にエドは走る。
「はい、マスタングですが」
震えそうになる声を必死で抑えていると、
電話口からは笑い声が小さく聞こえる。
その声にすら、胸が締付けられるようになる。
「あぁ・・・すまない、私だ」
「なっなに・・笑ってるんだよ」
心臓のドキドキという音が聞こえてしまうのではないかと思うぐらいに煩い。
「エディの「マスタングですが」は嬉しすぎて、照れてしまうのだよ」
「うっ煩いなぁ!!忙しいんだろっ何だよ」
そんなロイの声にエドは電話口で真っ赤になってしまう。
こちらとしても、こう名乗るのは今だに恥ずかしくて堪らないというのに。
ついつい声がけんか腰になってしまう。
「エディに伝えたい事があってね・・・」
ツーツーツー
「え?!」
伝えたいことがあると確かに言った夫の声は、
突然切れたまま、電話からは機械音が流れた。
「なっ何だよ・・・・」
切れてしまった電話を持って動けないまま、エドはそこに立っていたあまりに不自然だが、
途切れてしまったというより、切られてしまったような・・・。
「ってか、リザさんに切られたとか?」
仕事が溜まっているくせに、家に電話したりして、リザが電話を切ったのだろうか。
「伝えたい・・・事って何だろう?」
うぅん・・・あっもしかして、今日は帰れるのだろうか。
ロイは仕事続きでも家に帰れる時は必ず連絡をくれるし、そうかも知れない。
着替えを取りに帰るだけかも知れないけれど。
「・・・ご飯は準備しておこうかな・・・」
都合のよい解釈のような気もするが、
久しぶりに聞いた夫の声に自分は浮かれてしまっている。
頭の中では買いこんである材料が巡り、
今まで億劫だった夕食づくりが逆に楽しくなってきた。
「・・・俺ってかなり単純なのかも」