「・・・エドちゃん?その首のところ虫刺され?」
きょるんとした可愛らしいブラウンの瞳で尋ねるのは、級友のリリィだ。
女の自分からみても「守ってあげたくなる可愛い子」という部類にはいるのだろうその子は、
今まで自分の周りにはいなかったタイプの友達だった。
席が近いからという理由で、編入当初まだテキストの揃っていなかった自分にとてもよくしてくれて、
可愛らしい外見ではあるけれど、物事をきちんと考えられる人としての強さはエドも認めていた。
そんなリリィがエドの首筋を指差して小首を傾げる。
エドもそんなリリィにつられるように小首を傾げて、
差し出された手鏡で自分の首筋を覗きこんで・・・固まった。
確かに季節柄虫刺されと称してもよいだろう赤みかがった点が首筋にある。
しかし、その点の意味するところをエドが気付かないはずはなかった。
「おっ・・・おれ!!次見学するから・・・リリィは先に行ってて!!」
「えっ?どうしたの?!・・・エドちゃん?」
次の授業は水泳。
もちろん水着になって学校の外に用意されているプールで泳ぐわけだが、
エドは真っ赤になる顔をひたすら隠すようにして、体育教官室に急いだ。
「ふざけんなっ!!俺がどんなに恥かしかったことか!!」
夫が自宅に戻るなりエドは大声で今日の事件についての釈明を求めた。
九割の確立で有罪は確定していたのだけれども。
「大体、いっつも跡をつけるなって言ってるのに!!よりにもよって水泳がある日に!!」
首筋一箇所ならば虫刺されだと誤魔化すこともできたのだろうが、
ロイによって付けられた情事の跡は首筋だけに止まってはいなかった。
真っ赤な顔で、女の子の事情で水泳を休ませて欲しいと教官にいう時のエドの気持ちを、
夫がどれほど理解しているのか。
「君に水泳にでるなと言っても、素直に聞くとも思えなかったのでね」
「何開き直ってやがる。学校のカリキュラムなんだから当たり前だろうが!!」
がぅと噛み付く勢いで話すエドにロイは淡々と答え続けた。
ふぅと息を吐いて、ならば仕方ないと胸元から1枚の写真を取り出した。
それは言い逃れを続ける容疑者に対する最後の切り札を示すかのような動きであった。
「これをご覧よ」とロイが指し示した1枚の写真は何の事は無いただの写真のように思われた。
それは学園内を映したもので、さらに言えば男子校側の体育の授業の一コマであるようだ。
体操服を着た男子生徒がサッカーポールを一生懸命追いかけている。
「は?だから、これが何だって言うんだ?」
「君は!!だから心配だというのだよ。ここに君が映っているではないか!!」
男子校の運動場の遥か後ろに確かに女学校のプールが映っている。
さらに言えば、そこに何人かの人影があるのだが、それが人であるかも判別が難しいほどの大きさで、
ましてそれがエドだなんて分かるはずがない。
「まさか疑っているのではあるまいな!私が君を見間違う事など、
世界の全てが逆さになったとしても、あろうはずがないよ」
「おま・・・・。だからって、この先ずっと授業にでないわけにはいかないだろ・・・」
「ふふっまぁ見ていなさい。私に抜かりはないよ」
まさか、ここまでするとは。というのがエドの思いだった。
翌日の学校掲示板に張り出されたのは、プール建替えの文字。
「夏も始まったばかりだっていうのに水漏れなんて。
でも、新しく室内プールになるなんて、楽しみねエドちゃん。」
「そっ・・・そだね」
まさか、その室内プール建替えが1人の妻を思う夫の奇行によって行われる事だとは、
この学園にかよう者の何人が知っていることだろうか。
建替えまでの期間に用意されたスポーツクラブを貸し切っての水泳授業に向かう為、
そこに向かうための送迎バスを待ちながら、エドは深いため息をついたのだった。