【オーディ珈琲店】

 

 

 

その古びた看板がある店は、細い細い路地を入った先にある本当に小さな店である。

一見すればただの住居が無造作に並んでいるだけのような場所に、それはぽつりと現れる。

 

なぜそこが店だと分かるかというと、ただ唯一その存在を表す看板と、

なんとも香ばしい良い香りが立ち込めているからである。

 

 

本当に細い道の先にあるものだから、客と呼ぶような新規の者がそこを通る可能性などほとんどない。

つまりは馴染みの近所の者か、あるいは熱狂的なその店のお得意さまか、さらには道に迷ってしまい我関せずにその道を通る破目になってしまった者が店の前を通るだけなのである。

 

 

しかし、その店のなんとも香ばしいと表現されるその香りは、

一見のお客を魅了してしまうには充分に価値のあるもので、迷い道に入ってしまった者もふらりと足を休ませに来店してしまうことはよくあることだった。

 

 

「全くこの店がもっとよい立地の場所にあったとするなら、どこぞのチェーン店よりももっと大きな店を出せているだろうに」なんて馴染みの者は口にする。

 

しかし、店主は笑いながら客の注文通りの珈琲を入れながら「そんな忙しいところに私が出てしまったら、こんな老いぼれなんてすぐにくたばってしまうよ」と返すのだった。

 

 

この店は、本当に美味い珈琲とその店主の人柄によって守られているような店であるが、

店主に言わせればただの道楽なのだという。

 

人がほっと息をついた時に、「あぁこの珈琲は美味いな」と言えるような珈琲があればいい。

それは店主の人生を凝縮したような味わいの求め方なのだろう。

 

 

 

 

今日もそんな店主、オーディの珈琲店には新たな客と馴染みの客がカランと音を鳴らすドアのベルと共に来店している。

ロイエド子