オーディ珈琲店番外
馴染みのあの店
その日ママは茶色のコートを出して、赤いマフラーを首に巻いた。
私には青いコートを着せてくれて、前止めのボタンをはめている時に「どこに行くの?」と尋ねると、
「昔の話をしにね」と少しだけ笑って最後に白いマフラーをリボンのように巻いてくれた。
外に出るとハボ兄が出す煙みたいに白い息がほぅと出た。
ハボ兄の煙は苦いので嫌だけど(私に気付くとすぐに消してくれるのだけれど)、この煙は好きだと思う。
ふぅと吹き出す度に白い煙がひゅーと辺りに広がる。
一生懸命にそれを繰り返していると、ママはくすくす笑って同じように息をふぅと吹いた。
温まった頬に冷たい風があたってピンとなる。
冷たい風は通りの枯葉を巻き上げて連れて行ってしまうから、
少しだけ怖くなってママの手をぎゅっと握る。
レンガの道は綺麗だけれど、ボコボコしているから危ないとママは言う。
だから、ママとお出かけする時はこうしてママが手を握ってくれる。
いつも通る花屋さんとお菓子屋さん
買い物をする魚屋さんにお肉屋さん
おまけに甘い飴をくれる果物屋さん
でも、今日はそのどれにもママは寄らないでずっと歩いていく。
大きな道から次の角を曲がって、細くなっていく道にドキドキしながらママを見上げる。
「こっち?」
「そう。もう少し行った所だからね」
お店の裏のゴミ箱から黒い猫が飛び出してきて、
昨日読んでもらった魔法使いのネコみたいだとママに伝えると、
「これから行くところは魔法使いのおじいさんのところだからね」と言った。
魔法使い!!
くつくつと煮えたクスリの壷や怪しい黒いマントのおじいさんだろうか。
どうしよう…食べられちゃう?
あの猫はもしかしたら使い魔で、おじいさんに言われて見張りに来ていたんじゃないかとか、
いろいろ考えているうちにママの足がピタリと止まった。
「さぁ着いた」
少しだけ怖いのだけど、ママは手を離す事無く小さな扉を引いた。
カランと鐘の音が響いて、その音にまたドキドキする。
部屋は暖かくて(これはきっとクスリを煮詰めているからなんだ)冷たかった頬に痛いような気もする。
キョロキョロと辺りをみても魔法使いは居なくて、
それでも壁にいろいろと置かれている箱や棚の透明なフラスコは魔法使いの道具なのだと思う。
「いらっしゃいませ・・・まぁ・・・お久しぶりです」
声のした方を振り返ると、
魔法使いのおじいさんはとてもビックリしたような顔でママを見た。
そして、ゆっくりと笑うと、私を見てもう1度「いらっしゃいませ」と言った。