「・・・・そんなに後悔するなら行けばよかったのに」
雨がしとしと降っているのを窓からぼんやりと見ている姉にアルフォンスはボソリと話しかける。
朝から・・・いや、数日前から姉の様子はおかしかった。
3駅先の恋
カレンダーの上ではすでに春となったこの時期にお店はとても賑やかになっていて、
赤やハートで彩られ、様々なリボンと鮮やかなラッピングがとても可愛らしいと思う。
まだ冷たい風が吹いているだろう街中でも、
賑わっている店はとても明るく楽しそうだとワクワクする。
けれど、性別を偽っているために、それを見ようとしない姉がいて。
乱暴な言い回しに隠されてはいるけれど、こんなふわふわしたものが好きなくせに。
頬を赤らめて、それでも真剣にチョコレートを選ぶ女の子は可愛い。
そして、間違いなく、姉もその中の1人になっていいのに。
「見ていく?チョコレート好きでしょ?」
目の端で窺うようにして店先のワゴンをみていた姉に話しかける。
「わっ」と声を出して、飛び上がるという表現がぴったりの様子で姉に動揺が広がった。
姉は自分でも無意識にそちらを見てしまっていたようで、ドキドキを押さえるようにして
赤いコートを胸元で掴んでいた。
「なっなっ・・・・なんでっ!?」
「なんでって・・・兄さんチョコレート好きでしょ?」
コクリと顔を傾げればカシャンと金属の音がした。
甘いものが好きな姉はパクパクとよくチョコレートを食べていた。
セントラルにある有名菓子店のチョコレートは高価だけれど、
どういうわけか東方司令部にいくと用意されていて、姉に振舞われていたし。
「あっ・・・うん・・・あっ俺は・・・好きだな」
「・・・・・・兄さん以外に誰の話をしてるっていうのさ」
ぼんっと顔を赤くした姉の様子に、はいはいご馳走様ですねと言いたい気分だ。
いくらなんでも自分の姉を攫っていくかも知れない男の好みなんて把握していないし、
把握したいとも思っていない。
まぁ、たとえ甘いものが嫌いだとしても、
あの男は姉が贈ったなら世界一甘いチョコレートだろうと、
どんなに不味いお菓子だろうと「こんなに美味しいものは初めてだ」と、
蕩けそうな顔で言うに決まっているではないか。
でも、結局姉さんはヒラヒラした砂糖菓子みたいな女の子の輪に入ろうとはしなかった。
高級な生チョコもビターなトリュフも選ばなかった。
その足で図書館に行き、目当ての図書を漁って、いつもの安宿に向かっただけ。
まるで3日後にバレンタインデーが迫っているなんて気づいていないように、
何度も繰り返した毎日のようだった。
そうして、今日は2月15日。
過ぎてしまったバレンタインデー。
ディスプレイの中心にあったチョコレートも、
すでに棚から下ろされてしまっていることだろう。
たった一日の違いだというのに。
「今からでも行く?喜ぶよきっと」
ぼんやりと覗いている窓の先が東方司令部の方向だと気づいた。
まったくこの人は。
行きたいなら行ければいいのに。
誰も咎めたりしないのに。
「ねっ行こうよ」
「・・・・・・行かない」
頭を横に振って、姉は言う。
手にしていた文献を開いて、読み始める。
そんな状態で集中なんてできないくせに。
文献を取り上げてでも連れて行こうかと動いた時に。
ふいに気づいてしまった。
「・・・・・取り戻そうね。そしたら会いにいけるでしょ?」
「・・・・・・・・・おぅ」
女の子だもんね。
チョコレートを好きな人に渡したいよね。
でも、差し出したチョコレートを持つ手がカチカチと音を立てる。
それは生身の手にはない音で。
それでもきっとあの人は嬉しそうに受け取るのだと思うけれど、
それを躊躇うのは姉さん。
もうすぐ雨が上がるよ。
そしたら、図書館に本を返しに行こうね。
安くなったチョコレートをお土産に司令部を訪れようよ。
今は司令部みんなに甘いお菓子を。