ママがいなくなったのが二週間前。

 

 

 

私はよく分からなかったけれど、

ずっと傍にいてくれたママがいなくなった。

 

 

ママのことは誰に聞いても誰もがくしゃりと顔を歪めて、

込み上げる涙を耐えるようにして言葉を詰まらせた。

 

ある人はママはお空の星になったのだといい、

ある人はそれでもママは私たちの傍にずっといるといった。

 

ママは私たちをずっと見守ってくれているのだと。

 

 

でもそれが、

それが「ママが死んだ」ということなら、とてもとても悲しい。

 

 

 

 

 

 

あの日は保育園にパパが迎えに来てくれた。

パパはお仕事が忙しい人だったから、今までお迎えに来てくれた事は本当に少ない。

もちろんいつもママが迎えに来てくれたのだから、不満に思うことは少しもなかった。

 

先生たちは驚いた顔をして、明日の連絡と今日の私の様子についてパパに話していた。

 

私はきょろりと周りを見た。

 

 

『リア〜今日もいい子にしてたか?』

 

 

そこにママはいなかった。

 

 

 

 

 

「ママは?」と聞いてもパパは何も言ってくれなかった。

ただ、握ってくれていた手を痛いくらいにぎゅっと強くした。

 

 

太陽が赤く沈んでいったころ、家の前にはアル君がいた。

 

いつもなら美味しいアップルパイをお土産にして、

「大きくなったね」と抱き上げてくれるのに、それもなかった。

 

 

私の頭のずっと上でパパとアル君がお話をしていた。

よく聞き取れはしないけれど、でも楽しいお話でないことは分かった。

 

パパがちらりとこちらを見てからそれでも目元を緩めて、

「家に入ろう」といって、鍵をカシャリと回した。

 

 

 

 

玄関に明かりは灯っていない。

 

 

 

パパと繋いでいた手が離れると、

パパは急いで玄関を駆け出し、リビングの戸をバタンと開き、

明かりの無い家の中を走っていた。

 

 

 

ただ、怖かった。

 

 

 

こんな暗い家の中を私は知らなくて、

暖かくってずっと住んでいた家なのに、

初めて見るようなひっそりとした家だった。

 

 

まるで魔女が住んでいる洞窟のようだと思った。

 

 

開けっ放しにされた玄関の戸から明かりが入っていたけれど、

続く廊下の先は薄暗くて、ただパパの足音だけが響いていた。

 

 

 

 

玄関で立ちすくんでいる私とアル君に気が付かないように、

パパは足を止めずに二階へと走りあがった。

何度か響いたガタンという音は、リビングだけじゃなくて、

いろいろな場所の戸を開けて行く音なんだとそれだけは分かった。

 

 

 

 

二階に駆け上がったところでパパの足音は止んで、

いっそう家の中は静かになった。

静かなのに息ができないような、びりびりとした感じが伝わってきて、

横にいるアル君の足に抱きつくようにして近づいた。

 

 

 

 

ちょうどその時に。

 

 

 

私はパパの声を聞いた。

 

 

 

 

アル君が慌てて私の耳を塞いだけれど、

パパの喉が潰れてしまったんじゃないかと思うくらいのその声は、

アル君の大きな手でも完全に消してしまうことは出来なかった。

 

 

 

 

パパが泣いてる。

今まで一度も聞いた事のない声で。

 

 

 

 

ママ。

ママ。

どこにいるの?

パパがママを呼んでるよ。

 

 

 

 

 

 

 

さよならなんていいたくない
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