鋼の砦 1

東方司令部は朝から騒がしく、ある話題で持ちきりであった。

 

それは、「マスタング大佐が国家錬金術師に推薦したのは弱冠12歳の少年」であるということだ。

 

 

東方司令部の将軍から指揮権を任されている若き司令官が推薦したその少年が

国家錬金術師になれば最年少国家錬金術師の誕生となる。

 

そもそも、錬金術の理論を聞いたところで魔法以上の理解を要しない兵士にとって

日常を揺るがす、大きな話題となっていた。

 

その話題に興味を持っているのは、一介の兵士だけではなく、彼らもまた例外ではなかった。

 

 

 

マスタング大佐の直属の部下である者にとっても同様で、

一度面識のあるというホークアイ中尉も今は、大佐と共に試験会場の中央へと赴いていた。

 

 

「どんな子なんでしょうね」

 

フュリー曹長の声に、そうだなぁと返すが、はっきり言って想像が出来ない。

 

自分の上司は野心家であるから、腕の立つものにしか推薦などありえないとは思うが、

もはやトレードマークと成りつつある咥えタバコを口から放し、

 

「まあ、とっととノルマ終わらせて、顔でも拝みましょうや」

 

今日には帰還の予定であるので、後でいろいろ聞こうと取り合えず目の前の書類を終わらせることに重点を置いた。上司よりも怖い副官殿の拳銃の餌食になるのだけは勘弁してほしい。

 

 

 

「噂が広まっているようだが、今日から試験結果が出るまでの間、ここで預かることになった

エドワード・エルリック君だ。」

 

 

見慣れた大佐の前に居るのは、12歳と聞いていたよりも更に幼く見える少年。

 

金色の髪に、同じく金色の瞳でこちらを見ている。

いや、見ているというよりも睨んでいると言ったほうが正しいような目つきである。

 

黒の上下に赤色のコートを着ているその姿には、金色は良く映えた。

 

自分にとって錬金術など魔法としか思えなく、大佐の使うそれの理論を何度聞いても理解することなどきっと一生ないだろう。

 

その錬金術師を操るという自分より遥かに幼い少年が目の前に不機嫌そうに立っている。

大佐は彼の横に立ち、こちらに手を差し出した。

 

 

「彼女は知っていると思うが、リザ・ホークアイ中尉だ。その横から、ジャン・ハボック少尉・ハイマンス・ブレダ少尉・ヴァトー・ファルマン准尉・ケイン・フュリー曹長だ。彼らが主に私の直属の部下だと思ってくれていい。何かあれば聞きなさい。」

 

大佐の紹介に合わせて敬礼のポーズをするが、エドワードと紹介された子どもは一瞥するだけで、

関心を持っているようには見えなかった。

 

(生意気そうなガキだな)

 

一応顔には出さないままで、そんな感想を洩らしてみる。

 

大佐からも「後は、頼む。世話をしてやってくれ」と言われたので、上司命令として頷かなければ成らない。田舎の大家族の長男だから、弟や妹の世話には慣れていると自負しているが、こんなにも懐かない目を向けられたのは初めてだ。可愛らしい弟妹のように笑えとは言わないが、それでも子どもらしい顔というものがあるだろう。

 

しかし、まぁ、初対面だから仕方の無いことなのかもしれない。

第一こちらは軍人で、国家試験を受けて軍属になるかもしれないとしても、まだ一般人のしかも子どもであるのだから、その辺は多めに見て当然だろうと思い直す。

 

 

 

「なあ、エドワードって言ったっけ?」

 

大佐の執務室から移動し、休憩室でお茶でもと連れてきたのはいいが、

まったくと言って愛想がない。

ずっと黙ったきりで、こちらとしても気まずい空気をどうにかしたい。

苦しいながらも話のきっかけをと名前を切り出してみたりする。

 

「何?」

「だから、名前」

 

憮然と言い返されて、こちらもあまりいい気がしない。

子どもの癖に…という気持ちも生まれる。

笑顔いっぱい振り撒けとまでは言わないが、もう少し笑ってくれてもいいのではないか。

 

「一度聞いて覚えられないワケ?国家錬金術師って少佐程度の地位なんだろ。仮にも上官だぜ?」

 

下から睨み上げるようにして、言われたその言葉に反応したのは横にいたブレダだった。

 

こちらもさっきからの態度に腹を立てていたらしい。

ガタンと休憩室の安物のイスが立った瞬間に音を立てるが、少年は全く驚いた様子を見せない。

ブレダの前に手を差し出して、まあまあ、と座り直させる。

 

「ってか、おまえまだ受かってないし、そちらは一度で皆を覚えてるんっすか」

 

おどけた様子を見せて、そう問い掛ければ、顔をこちらに向け、一同を見回す。

 

「俺は、絶対に受かってるよ、ジャン・ハボック少尉。その巨漢で急に立ち上がったらこのイス壊れるぜ、ハイマンス・ブレダ少尉。空気悪いみたいだし、せっかくのお茶だけどもういいよ、ヴァトー・ファルマン准尉。そんなにビクつかなくても錬金術なんて使わないぜ、ケイン・フュリー曹長。」

 

これでいいかと言うような顔を向けてご丁寧に一人一人に一言を付け加えて、

全員の名前を言ってのける。たいした玉だと言わざるを得ない。

 

よくよく考えれば、あの難解な錬金術で国家資格を目指そうとしているのだし、あの大佐が推薦した少年なのだから、名前ぐらい一度聞いて覚えられないほうがおかしいのだろう。

淹れかけのお茶をテーブルに残したまま、少年はイスから立ち上がった。

 

「もういいだろ。俺、書庫に行きたいんだけど。」

「なっなら、僕が案内します。」

 

少年の言葉に、案内を申し出たのはフュリー曹長で、少年の前に立ちドアを開こうとした。

フュリーが多少動揺を残しているように感じるのは、先ほどの緊張が残っているためだろう。

 

「いいよ。さっき地図見たから暗記してるし、っーワケで俺の世話なんていらないから。」

 

ヒラヒラと手を振りながら赤いコートを翻す。

あっけに取られているフュリー曹長を残して、少年はスタスタと部屋を出ていった。

 

(地図を暗記?)

 

ここ東方司令部は、さすがに地方に置かれた出先機関と違って規模も大きい。

 

中央と比べれば小さいが、それでも東西南北の一地域を任されているのだから、

それなりの大きさである。

 

自分もここに配属されたばかりのころは、よく迷子になって会議に遅れそうになったこともある。

軍の購買での売上ランキングのトップ3には、地図がランキングされるほど司令部内は入り組んだ構造となっている。

 

それは、増築を重ねたということもあるが、テロなどに備えた防犯の意味もある。

 

つまりは入り組んだ構造をしているのだ、この司令部は。

暗記したと言えるような、そんなものなのではない。

 

「何だ…あいつ。」

 

ボソリと怒り心頭だったブレダの口から漏れる言葉を聞いて、自分にも分からないと首を振った。

 

 

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