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鋼の砦 2 | ![]() |
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期待していた最年少国家錬金術師が素直な少年ではなく、無愛想で手に余る少年であったことに今日だけで直属の部下たちは全員理解することとなったようだ。
中央から少年を連れて帰ってきたのが午後一番の便であったが、今はもう就業時刻に近い。
最年少国家錬金術師誕生かとの騒ぎも、まだ結果が分かるにはしばらくかかると知らせたことで、
一応の落ち着きを見せていた。
書類を終わらせたものからファイリングしていく。
部下たちは無事に今日のノルマを終わらせていたらしく、中尉に銃を向けられることは無かったようだ。自分の分の書類についても弱冠の余裕があるらしく、そこまで緊迫した様子ではない。
実に平和だと言えなくもないが、預かったあの少年が食えない性格だということを考えればいささか不安もある。
部下から上がってくる少年の態度を聞けば、
大人を馬鹿にしたような態度はどうかと思うが、それが子ども特有のものだと言えない事もない。
自分にも大人を避けていた時期はあったが、あの少年の様はそれとはまた違うもののような気もする。
就業時間に合わせて、戸締りを開始する。
ここは東方司令部の中枢であるのだから、厳重にチェックをしなければならないものも多い。
武器保管庫や射撃訓練場など軍部に関わる鍵は何本かのスペアキーを除いて
大体がここに保管されている。
それらを確認して、夜勤以外は今日の職務が終了となるのだ。
「ん?書庫の鍵がないようだが。誰か持っているのかね。」
図書館のような閲覧サービスが軍の書庫にあるわけはなく、
軍内部の書庫には、一般書など置かれてはいない。
しかし、軍の機密に関わるような重要な書物も置かれては居ない為、鍵をかけるような場所ではないと常々思っていた。
けれども、重要性が無いとはいえ、確認しなければ帰ることはできない。
帰り支度を整えている部下たちに目を向けるが大半の者が首を振っている。
いったいどうしたのかと考えようとしていると、端のほうから声があがった。
「あのガキが書庫に行くとかどうとか言ってましたけど。」
嫌々そうに口にするのはブレダで、ガキというのはエドワードのことかと思い至る。
エドワードと別れたと報告しに来た彼は、エドワードとのやり取りについて洩らしていた。
そうとう頭にきていたらしい。
その声を横のハボックも苦笑いで頷いている。
しかし、彼らと別れた後に書庫へと向かったとするならば、午後からそこにいたことになる。
「もう、6時間近くも前のことか…?」
「寝てるんじゃないっすか」
ハボックの声にそうかも知れないと思う。
故郷から出てきたエドワードは、連れられるままに中央へ行き、そのまま国家錬金術の資格試験を受けた。それも大総統に槍を突きつけるというパフォーマンスを含めて。
そして、その足で東方司令部まで帰って来たのだから、体が疲労を訴えてもしかたのないことだ。
(本を読んでいたまま、眠ってしまったというところか。)
帰り支度を整えて、そのまま書庫へと向かう。
普段はあまり行くことの無いその通路は、電灯で照らされていても薄暗い。
「俺、そういえば書庫に行くの初めてかもしれないっす」
咥えタバコの火を消しているのは、書庫に行くからなのか、ならば咥えるなと思う。
ハボックの声に、実は俺もとブレダが相づちを打つ。
「普段使う書庫と言えば、軍の資料庫とかその辺りですものね。」
中尉がそうフォローを入れるが、彼女は何度か書庫にも足を運んでいるらしかった。
なぜ、ぞろぞろと書庫までの通路を歩いているかと言えば、もしも鍵を持ち出しているのが彼で無かったならば、鍵のありかを捜索しなければならず、そうなれば人員は多い方が良いので、この人数で現状把握をすることとなった為である。
幾度か曲がり角を通り過ぎ、入り組んだ通路の先に古ぼけたドアが現れる。
申し訳程度に「書庫」というカードがかかってはいるが、できれば入りたくない様相である。
ドアノブを回せば、ガチャリと音を立てて回る。
「開いているな」
ギーっとなんとも古めかしい音を立てて開いたそのドアからは、
カビ臭いような独特の古い本の匂いが漂ってきた。
中に入れば、しかし、明かりはつけられておらず、エドワードがすでに居ないか、あるいは、寝ているのだろうという予想を立てる。
「中尉。明かりを」
その言葉通り、スイッチを入れた音の後、何度か光が瞬き暗かった書庫に明かりが入る。
以前入った時との変化は無く、整然と書架が列をなして配置されている。
決して広い訳ではなく、さらには本を読むためのスペースなど限られているため、そこを目指す。
頑丈そうな書架の割りに、置かれている机は小さなもので、いかにここが利用されていないかを表しているかのようであった。
自分を先頭にして、文字通りぞろぞろと部下たちは後に続いた。
初めて来た場所であるためか、ハボックとブレダはきょろきょろと辺りを見ている。
「わっぷ」
「っなんすか大佐!」
急に立ち止まった自分の後ろにそのまま突っ込んできて、軍服に顔を埋めたらしかった。
なんだと言われようと、そんなことはどうでもいい。
今、自分の目の前にいる彼のことを考えることの方が先決だ。
「何をしているのだね。」
そこには、エドワードがいた。
そして、自分たちの予想に反して眠ったりはしていなかった。
本を読んでいたのだ。