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鋼の砦 3 | ![]() |
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ぶつかった自分の鼻を撫でる。
急に立ち止まるなよ、とブレダと俺は不満を洩らすが、軍人として上司の後に続きながら、その背後にぶつかるという失態はどうだろう。
情けないことに、その失態は自分たち2人だけで、後ろに続いた中尉はしっかりと止まっているのだから、自分たちの不徳なのだろう。
自分たちの声に反応の無い大佐を見なおすと、「何をしているのだね」との声がした。
始めは、自分たちを咎めているのかとも思ったが、明らかに声が違う。
そして、前方を見据えているのだ。
不思議に思って、大佐の体から頭を出して前を見れば、月光に映し出される少年がいた。
こんなにも、騒いでいるのに、まるで吾、関せずとパラパラと本を繰っている。
小さな机の上には、何冊もの古めかしい本が無造作に置かれていてそのところどころに紙が挟んであるらしかった。
少年は、手元に置いてある手帳に何かを書き記し、そしてまた本を繰ることを繰り返している。
「もう、閉館時間だ。止めたまえ。」
そう大佐が言うのに、まるでその声が聞こえていないかのようにその手を止めることは無かった。
何度かの問いかけに、全く反応を示さず、大佐は少年に近づきその肩を揺らした。
「何度言ったら分かるのだね。」
「っえ?」
なんと対照的だろう。
最初の静かな声とは変わり、明らかに怒気を孕んだ声を出す上司と。
何のことか分からないと、きょとんとした目を向ける少年。
少年は、きょろきょろと大佐や俺たちを見回して、首をかしげる。
その姿はやけに子どもじみていて、歳相応なものに映る。
「なんで、あんた達がここにいんの。」
まるで何かあったのかと、問い掛けるように自然で、
本当に大佐の声など聞こえていなかったというのだろうか。
「ずっと呼びかけていたのだが、まだとぼけるのかね。」
イライラとした様子でそう言う大佐の顔を見上げて、何でもなかったように少年は呟く。
「あっ俺、集中してると文献しか頭に入らなくなるんだ。」
まるで悪いと思っていないような様子で、
悪かったなという少年に驚いたのはここにいるもの全員だろう。
少年が書庫に消えてから、ゆうに6時間は経過している。
その間、ずっとここで調べ物をしていたというのか。
しかし、それを物語るかのように置かれた古書には証のように紙が挟まっている。
しかも見るからにその古書は、自分とは全く縁の無い小難しそうな装丁をしている。
(6時間近くもさっきみたいな集中力を持続してたっていうのかよ…)
錬金術師の頭の中など理解できないと常々思ってきたが、それが当たり前のように思える。
僅か12歳の子供がこれなのである。
理解しようとすることの方が無謀であるのだろう。
「読んでいたって、明かりはどうしたの?」
一番奥にいたホークアイ中尉から疑問の声が上がる。
確かにそうだ。
自分たちが来た時には、ここに明かりはついていなかった。
読もうとしても、手元が見えないのではしょうがない。
「あぁ、もう外こんな暗くなってたんだ。通りで読みにくかったと思った。」
事も無げにそんな言葉を返してくる。
「でも、ここ月明かりが入ってるみたいだから」
そんなフォローは必要ない。
見えるかどうかが問題なのではなく、気づくかどうかが問題なのだ。
辺りが暗くなったことにさえ、気づいていなかったのか。
「取り合えず、今日はもう帰りなさい。」
大佐から、はぁ、とため息が聞こえるのが分かる。
カーテンを閉めようと手を伸ばしている大佐に少年は言葉を送る。
「なぁ、ここの本借りて行ってもいいのか?」
「ダメだ。そんなことをすれば夜通し読む気なのだろう。
そんなに急いで、焦って、どうするのだね。」
「っ俺には見つけなければいけないものがある!!あんただって知っているだろう!!」
嗜めるような大佐の言葉に、少年は噛み付くように言葉を返した。
音も無く、カビ臭さだけが充満していた空間に、ビリビリとした空気が走る。
立ち上がったそのイスはガタガタと音を立てたし、
そのことで、カビ臭さに混じってホコリがあたりに舞った。
「だからこそ、体を壊して何になる。弟くんも心配するだろう」
睨みつけていた大佐から、肩をポンと叩かれて、そう言われた途端に
それまでの騒がしさが嘘のように少年は頭を垂れていた。
(見つけなければならないもの?弟?)
威勢の良かった少年が、きゅうに勢いを失ったのは大佐の言った弟と関係があるのだと直感した。
それから、小さく「分かった」とだけ呟いて、帰る気になったのか手帳と本を閉じた。
少年について、自分たちが知らないことを大佐は知っているのだろう。
当然、国家錬金術師になれば大佐が後見人になるのだろうから、自分たちよりも知っていることがあるのはおかしいことではない。
しかし、僅か12歳の子どもがここまで必死になる原因があるとしたなら、
知りたいと思ってしまうのは、詮索好きでなくとも当然のことであるように思えた。