鋼の砦 4

エドは司令部の仮眠室を使っていた。

朝早くから例の書庫に籠るには最適の場所である。

 

彼の宿泊先については軍寮かアパートメント、または宿といくつかの案があったものの、

寮に空きが無かったことと、

いつまで居るか分からないのにアパートメントも宿も適しているとはいえないことから

誰かの家か寮に間借りするかという話もでたのだが、それはエドが断った。

 

 

そうして、決まった宿の仮眠室は、彼にとって本当に仮眠場所であり、

朝は誰よりも早く書庫の鍵を奪い、皆が帰るギリギリまでそこに齧りついていた。

 

睡眠時間を十分取るようにと言ったものの、

あれでは良くて4時間程しか眠っていないのではないだろうか。

調べたものを仮眠室に戻ってから推敲しているだろうことぐらい予想がつく。

 

 

騒がしさなどでは、途切れることのないその集中力。

 

 

彼の類稀な錬金術の腕はそんな努力故に培われたものなのだろう。

 

等価交換とはよく言ったものだ。

 

そんなことを中尉に話せば、

 

「同じ錬金術師であるのに、大佐とはずいぶんと違われるようで」

 

と、暗にサボリを咎められるはめになった。

 

 

薄暗い中を歩いた記憶は昨日のもので、

今は、昼間の日差しが差し込む書庫への廊下を歩いている。

薄暗さは無いものの、人通りはほとんど無いに等しいものだった。

 

どうせ書庫の暗さにも気づかず電気をつけることをしなかったぐらいだから、

食事すら満足に取らないのだろうと、

朝早くから籠っていたエドを現実に引き戻すために、書庫へと向かう。

 

書庫から出てこない彼を最初に呼びに行ったのはフュリーだったが、

どうしてもこちら側に戻ってきてくれないと涙ながらに言われては、

動かない訳には行かなかった。

 

「ちょうど昼食の時間ですし、ご一緒に食事休憩をおとりください。」

 

出掛けに中尉に言われるまま、エドを乱暴に現実へと引き戻し、

食堂へと向かう。

 

書庫があるのは、利用者も少ないことから分かるように軍部の一番奥まったところにある。

そこから、司令部に引き返すように歩けば、中ほどに食堂があるという造りとなっている。

 

食堂はまだ昼のピークにはなっておらず、所々が空席となっているが

あと数十分もすればいっぱいになるだろう。

 

自分は大佐の地位で、国家錬金術師の研究費用も支給されているために

金に困ることはまず無いが、一介の兵士は激務の割りに合わない安月給だ。

加えて、誰かに弁当を作ってもらえる果報者など妻帯者以外はほとんどいないだろう。

 

そんな者にとって、軍の食堂で出されるものは安くてなによりボリュームがある。

 

 

適当な席に、適当に取ってきた食べ物をトレーに置いて渡す。

何が食べたい?と聞いても適当な返事しか返さないので、日替わり定食の他にいくつか

サイドメニューを見繕った。

 

まだ読み切っていない文献のことでも考えているのが、ぼんやりと空を見つめていたが、

ほらっと差し出したトレーを見て明らかに目が変わる。

 

 

「…好きなのか?ホワイトシチュー…」

 

「っ。…嫌いじゃない。」

 

 

今日の日替わり定食は、ホワイトシチューだった。

 

大きく切ったジャガイモやニンジンが煮込まれて、美味しそうに湯気を立てている。

 

確かに美味そうなのだが、定食としてはどうなのだろうかと自分としては思う。

 

 

しかし、この天邪鬼な少年は、今まで見ていたどの表情よりも歳相応な顔を見せた。

何故か、近所の野良猫に餌付けでもしているのかというような気持ちになる。

 

(懐くのは面白くないが、そっぽを向かれているままもどうか)

 

嫌いではないと評されたそのシチューは、いとも簡単にエドの腹の中に入っていった。

シチューにパン・サラダと、次々に手を伸ばして口に含んでいく。

 

小さな体と寝食を考えないその態度から、小食なのだろうかと考えていたが、

全くの見当違いと言えるほどの食欲を見せた。

 

「んぐっなぁ。」

 

止まることの無かった手が、急にその手を止める。

しかし、口は動いたままで、少し固めのパンを齧っている。

 

「何か気になるのかね」

 

急に止まったその手の動きが目に入り、エドが外を見ていることに気がついた。

エドの視線の先を追ってみれば、大きな窓から外が見える。

食堂からは、廊下や軍用通路が見えるように大きな窓がついている。

 

そこから見える通路をさっきからドタバタと憲兵やら士官らが大きな音を立てて通り過ぎていく。

 

「何か騒がしくない?」

 

ああ、この子も意識が浮上している時は、一定の騒がしさの判断がつくようだ。

 

 

「テロの予告でも届いたのだろう」

 

「は?!あんたこんな所で暢気にメシ食ってていいのかよ!

 

 

手に持ったままだったスプーンを落としそうに成りながらエドは声を上げる。

 

自分の声は、少年に酷くのんびりしているように聞こえたらしく、

反対にエドがその声を荒げる。

 

「確かに、自分は司令官ではあるが、急いだところであまり進展の望めないものを急ぐよりは、

 休める時に休んでいた方が得策なのだよ」

 

 

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