![]() |
![]() |
鋼の鎧 5 | ![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
「あっ遅いっスよ!大佐!!」
東方司令部と接している西部を賑わしていたテロ事件。
自分に火の粉がかからない限り、不謹慎ながら眺めることを決め込んでいた。
そのテロ事件の首謀者集団からの予告状がついさっき届いたのだ。
しかし、その予告状には不可解な点がいくつもあった。
まずは、予告日。
テロ予告にしては、十分すぎる3日の猶予がある日付が書かれている。
通常の予告状には、そのような長期の猶予など考えられなかった。
当然、予告は回避させるために送り付けるものではなく、
自分たちの存在を誇示するものだ。猶予などあって無いようなものが当然なのである。
しかし、余るほどの猶予は西部のテロでもそれは裏切られることは無く、
予告どおりの日付にテロが起きていたことが確認されている。
では、なぜそのような日付があるにも関わらず
テロを防ぐことが出来ていないのだろうか。
答えは簡単で、場所の特定ができないからである。
不可解な点として、その予告文には意味不明の文字や数字の羅列があった。
そう、予告状には暗号によってテロの場所が書かれていたのだ。
その暗号は一貫性のあるものではなく、
西部のテロであっても、テロが起きてから何ヶ月もたってようやく解読されたものも
あれば、その日の新聞の片隅に載っていたクロスワードのような暗号もあった。
一貫性が無いことは、さらなる混乱を現場に与えていた。
つまりは、「専門家」の特定が出来ないのである。
人は、一つの能力に長けているものは、割と簡単にいるもので、
言うなら動物から昆虫、はたまた日用雑貨の加工にいたるまで生活は専門家の
知識を総括して営まれていると言ってよいだろう。
しかし、その知識が一歩その外に出てしまえば、
動物の全てを知っていようと、昆虫の生態は分からないように、
宇宙の神秘を熱く語ろうと、電子レンジ使用の応用については
まるで素人といったことは、日常に転がっているのである。
自分たちもまさにそれで、
軍の規則や古臭い上下関係、一通りの武器の扱いについては自信を持てるが、
そこに科学やら小難しい単語を並べられても、
所詮は付け焼刃の学力しか持ち合わせてはいない。
そして、一番厄介なことに、
テロの予告状は、一枚では無かったのだった。
バタバタと走り、執務室に飛び込んでくる兵士たちが抱えているのは、
段ボール箱に入れられた予告状の山。
場所の特定が遅れているのは、確かに暗号化されたその文体にもあったが、
さらに、その数が半端なものではないのだ。
どれだけの人数を使っているのかと聞きたくなるほどに、
筆跡の明らかに違う何通もの予告状。
それに書かれているものの真偽が問えない以上、全てが予告状になる可能性を秘めている。
一目読もうと、何度読もうと、
簡単なのか、難しいのかさえ分からない文の羅列が巡らされており、
それをどの専門家に振り分けてよいかさえ、分からない。
途方にくれる司令部の司令官はなぜか休憩中で、
その豪華な革張りのイスだけが、執務室の中央に堂々と置かれている。
その司令官は、通常の人よりも学がある。
そのことは、この東方司令部の誰もが認めるところで、
なぜならば、物質の構成に長けるという、錬金術の国家資格を有し、
「焔の錬金術師」として高名な人物であるからである。
戻ってこない、司令官を休憩が終わるまで、待ってられないと、
その執務室から、彼が休憩しているという食堂まで呼びに行こうとしたまさにその時。
執務室の扉が開き、見慣れた黒い髪に、黒い瞳をした我が上司が現れた。
その横から、鮮やかな金と赤も飛び込んできたが、
一先ずそれは見なかったことにして、
現状報告をし、これからの指揮を仰ぐことに徹する。
「これら全てがテロの予告状と考えられるものです。」
次々に運ばれてくる予告状と考えられるその書類の山に、一瞥を与えて、
少しため息を吐いたのが分かる。
このサボリ癖のある上司は、ONとOFFのスイッチでもあるのかと言うほど
自分のモチベーションを切り替えるのが上手い。
その証として、
一つのため息の前と後では、明らかに顔が変わり、
目の前に置かれた、予告状の一部を広げ、目を通していく。
何枚かにざっと目を通した後で、その緊迫した声が執務室に響く。
「西部の事件を考えれば、これが遊びではないことは皆も承知の通りだ。
この山の中には、明らかに同一人物が書いたと思われるものが複数あるだろう。
曹長以下のものは、手分けをしてこの中から同一の物を選り分け、種類の特定を行え。
ただ、筆跡が同じであっても、内容の誤差には気をつけろ。
暗号では些細な間違えも見落としは許されない。
フュリー曹長は、無線傍受の可能性があるから、その回避と発見。
ファルマン准尉は、軍の警備強化と地域配備の準備を。
ブレダ少尉・ハボック少尉・ホークアイ中尉は私と一緒にここに残れ。」
一気に、指令を出せば、今までざわついていたのが嘘のように、
人の流れが出来上がる。
更に、付け加えるように振り向いて一言。
「そして、エドワード・エルリックもここに残ってくれ。」
今までの鋭利な顔つきではなく、企み顔をした大佐は、
自分が取り合えず無視し続けた少年をその場に呼び止めた。