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鋼の砦 6 | ![]() |
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執務室には、私が指示した4人だけが残った。
物事を進めるにおいて、トップの人間が複数いるということは逆に不都合を生む。
混乱を回避させるためには、その現場にあった人数を
さらにその各所に命令系統を伝える責任者を据えることが重要である。
ここに残れと命じたものは、各所の者にこれらが
責任者であると知らしたようなもので、
エドワードを呼び止めたときの周りの反応は
むしろ静か過ぎたと言える。
または、お手並み拝見とでも言うように、彼を試しているとも取れる。
試しているのは私たちか、彼の方なのか。
先ほどの段ボール箱から取り合えず抜き取った幾らかの暗号文を
自分の机の上に無造作に放り投げる。
それらを示しながら、「これから、暗号の解読を行う。」と言えば、
「うぇー!できないっスよ。」
「専門家の特定でさえ難しいんですよ。」
と、ハボックとブレダから不満の声が漏れるが、
エドワードは我関せずの様相を崩しはしなかった。
「何もお前たちにそんなことを求めてはいない。」
そう。何も体力や武器の扱いによってその地位を獲得してきた
ハボックやブレダに暗号の解読のような細かい作業を求めてはいない。
ここには、彼がいる。
「エドワード・エルリック。暗号解読の助力を頼みたい」
騒いでいたハボックとブレダがピタリとその声を止める。
そうして、静かになった執務室で視線を集めている少年は、
一度ため息をついて、その整った顔を上げた。
「それって、軍の仕事なんだろ。俺はまだ試験に合格したわけじゃないってどこかの少尉
にも言われたし、そんなことするつもりはないね。」
吐き捨てるようにそう言うと、グルリとハボック・ブレダの方を睨んで見せた。
どこかの少尉というのは二人のうちのどちらかなのだろう。
しかし、このくらいの言葉は言ってみせるのではないかと
多少の予想はついていた。
だからこそ、下手に頼むような言葉を言って見せたのだから。
自分が自由の身であるという認識は
全く持ってここでは通用しない。
ましてや、軍に片足を突っ込んでいるのなら尚更である。
「エドワード・エルリック。確かに君はまだ軍属と言える立場ではないだろう。
しかし、君には従うだけの理由がある」
「理由?」
「君は、軍属ではないと言いながら軍の所有物である文献を利用した。
それは、一市民であるのならば利用できないものだ。」
これから私が言うであろう言葉の先に気付いたのか、
鋭い目をさらに光らせる。
まったく、なぜこんな目をすることができるのか。
ハボックやブレダが手を焼く理由が分かる。
この眼に射抜かれて、平常を保てるものなど、この軍内に幾人いるだろうか。
しかし、場数は自分の方が上で、
その眼が手負いの獣のように、虚勢を張っているものだと思えるのも事実。
本当に恐ろしいのは、
ギラギラと射抜く眼ではなく、
冷たい氷のような冷徹なものであることを彼はまだ知らないのだろう。
「軍の所有物を利用した君が、軍に見返りとして協力する。
君も錬金術師ならば知っているだろう。等価交換だ。」
冷ややかに言葉を与える。
子ども相手にそんなことをと思うが、
彼を子どもとして扱えば、怪我をするのはこちらの方だ。
睨んでいたその金色に輝く獣の眼を
ゆっくりと閉じると、二度目のため息を吐いた。
「分かった。協力してやる。」
適当に取り出した予告状を何枚か手渡し、適当に振り分ける。
「ハボック少尉・ブレダ少尉は、エドワードの手伝いをするように。
中尉はここで、下から上がってくる情報の整理と各機関の連絡役を任せる。」
再びハボックとブレダは嫌な顔を見せたが、
そこは軍人。
上司命令には逆らえないのが当然だ。
「第2会議室が空いている。そこを使いなさい。」
適当な部屋を指示すれば、エドワードはそのまま踵を返した。
一人で出て行く彼に、苦笑が浮かぶ。
「エドワード君は場所が分かるのかしら。」
私と同じ事を考えたらしいホークアイ中尉が少し心配そうに首を傾げる。
「あいつ、初日から地図暗記したって言ってたっスよ。」
「少しは荷物も持って行けってんだ。」
ハボックは少し諦めたように呟き。
ブレダはファイリングされた資料の写しといったものを抱えて、
エドワードが一人で向かっただろう第2会議室を目指して
扉から出て行く。
「一度で場所を暗記できるのは、欲しい能力だね。中尉」
「そうですね。そうなれば、道に迷ったと言われて会議に遅れることも無いですから。」
くくっと笑っていれば、手厳しく嗜められたので、
彼を賞賛するのは、もしかしたら、自分の首を絞めているだけなのかと
思い至る。
取りあえずは、こちらからのお手並み拝見としようか。
エドワード・エルリック。