鋼の砦 7

ブレダから幾らかの資料を渡されて、一緒に第2会議室を目指す。

 

第2会議室は大佐のいた執務室からそう離れてはいない場所にあり、

第1会議室が言わば大学などの大講義室のようなスクリーンや壇上などがあるのに比べ

第2会議室は、小さなものだ。

大きな机が幾らか並べられ、そして討議できるようにボードなどが備えられている。

 

荷物を抱えてその扉の前に到着すれば、ご丁寧に扉は閉まっていて、

ブレダが軽く舌打ちをしたのが聞こえた。

一度荷物をブレダの物の上に再び戻し、カチャリと音を立てて扉を開く。

 

 

中央のイスに当たり前のように座っている少年の姿は、

あまりに不自然で、そしてあまりに整えられていた。

 

手に掴んだ予告状を見ながら、指折り何かを数えているようで、

ブレダが後ろから自分を押し入って来るまで、自分は動けなかった。

 

その姿が、深夜に書庫で見たその姿をそっくり移したもののようで、

何故だか、邪魔をすることを阻んでいる。

 

 

「これが、今回の資料。主には、西部でのテロ事件の予告状とその事件報告書」

 

ドサドサとワザと音を立てて、ブレダは少年の前に持っていたファイルを落としていく。

 

少年の方はそれを大した事のないように、聞き流し、

折っていた指を再度確認するような仕草をしながら出してあった

くたびれた手帳をパラパラと捲っていた。

 

大佐は確かに自分たちに少年のサポートをするように指示を出した。

 

それは、上官の指示であり、自分たちが異を唱えることすら許されない。

そして、事実、自分たちでは説けない、いや解くことすら放棄したその暗号の羅列を

少年なら解けるのかもしれない。

 

まだ、少年の能力は自分の知るところではないが、

大佐がその解読を任し、それを彼も承諾している。

 

なにより、彼が今後得るであろうと思われる資格は

国家錬金術師。

知の最高権威の象徴に他ならない。

 

 

サポートを命じられては居るが、実際何をしてよいのかその判断は難しかった。

 

もし、これが狙撃訓練や実地演習ならば、そんなこと思うこともないのだろうけれど

畑違いもいいところだ。

 

ブレダと俺は、ため息をつかないまでも、その気持ちは疲弊していて、

しゃべらない少年と少年の立てる音だけが響くこの部屋で

どうしたものかと、意味も無くファイルを覗きこんでいた。

 

 

「なあ、メトレス王朝の第5期文字配列帳持って来てくんない?」

 

突然に、少年からその声がかかった。

「暇なら」という前置き付きではあったけれど。

 

今の場だけとは言え、実質司令官な少年の声に

悲しいかな軍人の自分たちは、自分の行動が咎められたかのような気分になった。

 

もしくは、幼い子どもに「暇なんだろ」と言われて

どこか大人として物悲しさを感じているのだろうか。

 

「ちょっと待て、メト…王朝って何だ?」

 

一応、軍人とは言え一般教養も習っている大人で、

士官学校では歴史などそう齧ってはいないが、それでも基礎になるべきものは

身に付けていると言ってよいと思っている。

 

そんな自分に少年の言った、おそらくは過去の王朝の名前なのだろうが

そんなものは知識として存在していない。

 

ブレダの方もそのようで、

目を向ければ首を振って見せた。

 

 

「歴史書が暗号で書かれている、結構有名な王朝だと思うけど?

 まあ、確かな研究は進んでいないから、学校でなんて危なくて教えられてはいないだろうけど。」

 

ずっと話しながらも、手帳の方ばかりを見ていた少年の目が

上げられて、自分たちを下から見上げていた。

 

俺とブレダは、立ったままでファイルを見ていたから

元より身長の差は目に見えてあったが、今は更にその差が大きい。

 

「別にあんた達に、その王朝のことを聞いている訳でなくて、

 その文字配列帳が欲しいだけなんだけど。」

 

見上げている、その眼は不満に溢れていて、

早くしろとばかりに、自分たちに向けられている。

 

「暗号の特定ができたのか?!」

 

そう、言葉を発したのはブレダで、

確かに専門家を探すにしてもそれの特定すら出来ていなかったものを

僅か時間にして数十分というところだろうか。

それでおおよその目安でしかないとしても、それは大収穫だろう。

 

「そのメト何とか王朝の文字を使ってるんスか?」

 

2人で今までの少年から向けられていた眼のことなど

お構いなしといった風で、少年の下にある予告状を覗き込む。

 

 

「…この予告状には、35の文字と5つの数字が書かれている。

 

 5の数字は母音を並べて数字化したもので間違いないと思うし、ここにある文字。

 

 これは、数字2つで成り立っているだろ?

 

そんな標記方法はメトレス王朝しか使っていないし、

 

 今解読に成功していて、文字配列帳を使えるのは第5期だけだから。」

 

 

覗き込んでもやはり暗号。

 

さっぱり分からないという顔をした大人を哀れんだのか、

少年はスラスラと読み上げるように自説を話した。

 

5の母音はいいとして、

そこからなぜ、王朝の文字配列に話が向かうのか理解できない。

標記方法なんて、その王朝すら学校で学ばないのにどうして知っているというのか。

 

 

「でも、その配列帳なんてここにはないだろう。中央図書館ぐらいか?

 貴重なものなんだろうし…」

 

少年の頭の構造を不思議に思っていると、

そうブレダが洩らした。

 

その言葉の端には、閲覧許可のことがあるのだろうと思い至る。

 

自分たちは軍人であるけれど、この国には見ることのできない書籍が存在する。

その一例が、国家錬金術師のみに許された貴重文献の閲覧である。

 

たとえ、予告状解読という緊迫したものであっても

そうそう貸し出し許可が貰えるとは思えない。

国家錬金術師の資格を有している大佐であっても、貸し出しとなれば

難しいのではないだろうか。

 

 

「はぁ?ここの書庫にあるだろ?」

 

 

どうするかと珍しく頭を捻っていた自分たちに

心底呆れた様子でその声が届いた。

 

「東方司令部にあるんスか?」

 

驚いた。

どんなにか貴重なものかと思っていたのに、

ここの書庫にあるという。はっきり言って拍子抜けだ。

 

「書庫に入って3番配列棚の右手の奥。第1期から順にあるけど、

それは確証の低いものだから使えない。

取り合えず、5期だけでいいから持ってきて。」

 

・・・もうこいつの暗記力の高さにだけは驚かない事を決めて、

違う予告状の解読に移ったのだろう少年を残して、大人2人は指示された書庫に向かった。

鋼の砦 8