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鋼の砦 8 | ![]() |
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軍に所属してからの何年もの間に一度も訪れたことのなかった書庫に
少年と会ってからというもの日に一度は訪れている。
いや、何度と無く通うことに成るのだけれど。
彼と出会ってからの一番の変化ではないだろうかと
当たり障りの無いことを思い巡らせてみる。
「持ってきましたよ。ご希望のメトレス王朝第5期文字配列帳っス」
ドサという重苦しい音を立てて、少年の目の前に置く。
じゃあ、俺行ってくるわと少し手を上げてブレダを残し部屋を出て行こうとすれば、
二人で行けと言われた。
たった一冊の本ぐらい探せるっちゅーの!と言いたい言葉を飲み込んで
「そうですか」と苦笑いを無理やりに作った。
確かに一度で王朝の名前を覚えられなかったけれど、
軍人として指示されたファイルの場所を何度も聞き返すことなどできず、
その能力を養っていたことに感謝する。
釈然としない思いを抱えて
ブレダと二人で二度目の書庫に足を踏み入れれば
照明の度合いが違うが配列など変わるわけも無く、言われたとおりの
『3番配列棚の右手の奥』を目指す。
「たった一冊ぐら・・・い。・・・?!!なんだよこれ?!」
ブレダの声につられて書棚を見れば、咥えていたタバコを落としそうになった。
今日は置いてくるのを忘れていたが、問題はそんなことではない。
・・・一冊どころではなかった。
なぜ、彼が二人で行けといったのかその意味がようやく分かった。
その時代の文字らしきものがズラリと背表紙に書かれていて、
それぞれが第5期時代のもののようだ。
つまりは、35文字分に一冊ずつ、辞書並みの本が存在していた。
「これ・・・解読ってか、あいつ読んだのか?」
彼の能力で驚く点が「記憶力」だけではない事を理解した。
運ばれた、目の前に高く詰まれた辞書(文字配列帳)を確認するように手でなぞり、
手に持っていた次の予告状らしきものを机の上に戻した。
そして、手元に用意していたのか、白紙の紙にサラサラとペンを走らせていく。
この、試験結果を告げられる生徒のような心境はなんだろうか。
書き終えた紙を俺らの前に差し出して、曰く。
「ん。じゃあ、次。あと、文字配列の13番目の文字が抜けてるから、探してきて。
他の本、一から探してたんじゃ追いつかないみたいだから、一応場所も書いてる。
ハッキリしないのもあるけど、それぐらい探せよ。」
白紙だったものには、ペンで細かに題名や書架位置などを書いている。
これが素直に少年の優しさだとは思えず、
暗に「本を運ぶ時間がかかり過ぎなんだよつ!」と言われているようにしか感じない。
実際、その可能性の方が高いようだけれど。
それ以外に言葉を発さない少年に
何か言ってやろうかと紙から少年へと目線を移せば、
自分が決して読みたいとは思わないであろうその辞書(文字配列帳)を
捲っては、何かを書き写している姿が映る。
それも、無造作に開いているのではなく、
的確な意思が感じられる引き方で。
それは、見たことがあるというレベルのものではなく、
おおよその見当がついている引き方。
だから自分たちは。
顔を引きつらせそうになりながら、
ブレダとともに、あの埃っぽい書庫に足を向けた。
乱暴な文字とは違い、その内容は的確であった。
題名・著者・その配列。
その場で書き写したとしても間違いそうなその複雑さにも関わらず、
そこを見て書いたかのような正確さ。
ハッキリしないなどと、謙遜以外の何物でもない。
子どもの文字が、大人の範疇を遥かに越えている。
これが、錬金術師の能にある
欠片のさらに一部なのだろうか。
幾度か会議室と書庫を大荷物を抱え往復した。
これでもかという本を運ぶのに、
帰ってくれば、違う書籍を指示される。
しかも、丁寧な解説付で。
それを、バカにされていると感じてしまうのは
大人気なさなのか、凡人のヒガミ根性の故なのか。
「書庫の本を全部移動させる気ですか!」と言ってみれば、
たいして瞳も動かさず、ペン先だけで場所を示して、
「そっちはもう見たから、戻してもいいよ。」と運んできた本の返還をも命じられた。
(本当に必要だったのかよその本・・・)
そんなことを思いはするが、
しかし、「そうだ」と返されても、「そんなわけないだろ」と返されても
自分たちには結局、判断のしようなどなく、
女王蜂にひたすら仕える働き蜂のように、往復するしか道はなかった。