![]() |
![]() |
鋼の砦 10 | ![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
自分の前の光景に眼を疑う。
彼に一生をかけてもついていこうと決めたのは、いつの事だっただろう。
時に頼りなく思える自分の上司が
人に見せない努力とその才能を使い、高みへ行く
その手伝いに僅かながらでも尽力したいと、そう思った。
自分と同じくそう願い、彼に従うものはこの光景をどう思うのだろう。
自分には、全く理解できないような会話を繰り広げているのは
東方司令部の指揮権を持つ、ロイ・マスタング大佐。
そして、
まだ軍属にすらなっていない、十二歳の少年。
カリカリというペンの音が止まれば
古ぼけた装丁をした本を持ち上げ、互いにその考察を述べ合う。
「その定理は、過去の解釈を曲解したものだから、解釈を解くよりも」
「・・・定理の根本は、移動次元に関する考察だろ?だったら・・・」
「マルセングの物質還元での考察は書庫にある?」
「503年の発行のものかね?」
「1版前の、498年に出たやつ」
「それは、資料庫だ」
(・・・なんだよ、普通、発行年とか覚えてるんスか?)
その言葉の端々に、
深い見識とその洞察力が見えて、少年を見たときに十二歳よりも幼く見えたのに
今では、十二歳という年齢を別の意味で疑っている自分に気付く。
指定されればその本をとにかく急いで探し、運ぶ。
何が悲しいって、どれだけ急いだとしても「遅い」というように
その本を引っ手繰るように受け取られる事だ。
使用済みの本を抱えて書庫に戻り、
新しい本を抱えて執務室へ走る。
ブレダと俺は障害物競走でもしているかのように
メモを片手に、幾度となくその道をかけた。
「・・・そろそろ場所の特定が可能だな。
ダミーがあると考えても十分な量の解読案がそろった。」
書類をトントンとデスクの上で揃えながら、大佐はそう言った。
その言葉から、今まで猶予を与えられながら特定することの出来なかった
事件現場を特定するに至ったことを知る。
場所特定よりも、障害物競走終了の通知がきたことの方が嬉しく思うのは
軍人としてどうなのだろうか。
「エドワード。後は私たちが片付けるから、君はもう休みなさい。
随分助かった、礼を言うよ。」
時刻はもう、深夜の一歩手前というところまで来ていて、
重い書籍を運んだ腕も往復させられた足も疲労を訴えてはいるが
自分は軍人で、場所の特定をしたというならばこれから仕事など今までの比ではないほど
あることを知っている。
正直、休みたいという気持ちはあるものの、
肉体の疲労は精神の疲労と比べてどうにか無視できるもの。
昼間からずっと暗号解読をしていた上司は
これからも指揮を執らなくてはならず、それに比べれば動けないなどと
思うことすら間違っている。
しかし、彼は違う。
その小さな体の少年は、
まだ、忙しさに捕らわれてその睡眠を削るような
年齢ではなく、義務もない。
それが分かっているからこそ、助力を得るために
「軍属になるのだから」と言ったような言い方をした大佐も
彼の働きに礼を述べたのだ。
その働きは、義務ではないのだ。
今は。
「・・・じゃあ、お疲れさん」
凝り固まった体を解くように、体をグイと反らして伸びをすると、
軽く手をひらつかせて、執務室を後にした。