鋼の砦 11

「大佐、ハボック少尉、休憩されてはいかがですか」

 

中尉の言葉に時計を見れば、深夜の3時。

さすがに疲れた。

 

ハボックも一日走り回っていたのだから、疲れているだろう。

 

「ハボック、休憩にしよう」

 

「・・・ここでっスか?」

 

ハボックの目線が差しているのは執務室の机。

乱雑に置かれた書類の束が広げられていて、ゆっくりとお茶を飲むような

スペースなど猫の額ほどもない。

 

見れば、ある机のほとんどが同じような有様で、

今までの惨状を物語るかのようだ。

 

「ならば、食堂に行こう。ここよりは、落ち着けるだろう」

 

他のものたちは、それぞれに休憩を入れていたらしく、

それは働き続ける上で必要なことであった。

休める時に休むことは、常識であり、

軍人ならば尚更である。

 

執務室の周辺は、明るく電灯をつけられてはいない。

すぐに外部を見渡せるようにカーテンの付けられていない執務室辺りは

見晴らしが、中からも良いが、外からも良い。

それでは、狙ってくれと言わんばかりで、内部が分かるような

電灯は設置されていない。

そこにあるのは、足元を照らすだけの簡単なものだ。

 

しかし、慣れてしまえばそんなことは苦にもならない。

目指す休憩場所へと歩を進める。

 

 

「・・・っって・・・」

 

(ん?)

何か音・・・というより声がした。

ハボックか?と思うが身近から発せられた物ではない。

ハボックの方もその声に気が付いたのか、辺りを窺っている。

 

足を止めれば、音を吸収する絨毯があったとしても響くその足音が止まり、

辺りが一度静寂になる。

日常よりも多くの兵が残っているのにも関わらず、辺りは静かで、

先ほどの声を確認するように耳を澄ます。

 

 

「っご・・・な。」

 

次は、ハッキリと人の声だと判別できるそれで、

ハボックは声のした方へと進み、腰に常備してある銃をその手に構えた。

 

自分も発火布を確認し、ゆっくりと進めば、

ある部屋からその声がしていることが分かった。

暗いながらもその部屋は確認するまでもなく、よく知っている場所で

昼間ならば「仮眠室」とのプレートを確認できるであろう部屋である。

 

 

今は、残っている兵は全て動いているはずである。

確かに休憩は有効だが、仮眠を取ることを許したものなど兵の中にはいない。

 

兵の中には。

 

1人だけ、今の時間に、その仮眠室を使うことを許可した者がいる。

それも、自分自らそう促したのだ。

 

 

「エドワード?」

 

 

あの後で、書庫や他の場所へ行っていないならば、

彼はこの仮眠室で休んでいるはずである。

 

 

「確認しますか?」

 

「ああ、何かあってでは遅い」

 

テロの予告日にまだ猶予があるからと言っても、相手は犯罪者。

いつその手立てを違えても不思議はないのである。

犯罪者にとって敵なのはこちらで、

そこに卑怯だなどという甘い考えは存在しない。

 

ゆっくりと扉を開き、

明かりが廊下よりもさらに少ない部屋を探る。

 

気配を探れば、殺気といったようなものはなく、

一度安堵する。

 

「・・・大丈夫そうっスね・・・」

 

二段ベッドがいくつかある内の1つに小さな凹凸を見つけ、

その少年が寝言でも漏らしていたのかと、

そう互いに思った。

 

行くかと、目線で指示を出し、頷いたハボックと共に、

扉を閉じかけたその時。

 

 

苦しそうな声に呼び止められた。

 

 

「っごめっ・・・ん。かあ・・・さん」

 

途切れ途切れではあったが、

その言葉を聞いてしまえば、足を動かすことは出来なかった。

 

 

聞き取りにくいその声が、一体何を言っていたのか。

その真相に気付いたとき、

不覚にも動揺した。

 

 

『ごめん。かあさん』

 

 

立ったまま動かないハボックを残して、

エドワードの傍に近づく。

 

遠目からみれば、

微笑ましくあったその寝姿。

 

しかし、

肩まで被った布団を体の前でぎゅっと握り締め、

横向きの姿勢で小さく己の体を抱きしめるように小さくなっている。

 

顔はその金色の髪で見えなかったが、

時折震えるようにしては、謝罪の言葉を途切れながら漏らした。

 

 

絶望から焔を瞳に灯して一年足らず。

酷い痛みを伴うという機械鎧をつけて目の前に現れたその少年は

1人で軍の門を叩き、

「来てやった」とばかりに尊大な態度を示していた。

 

司令部に来ても、大人たちを睨みつけ、

手玉に取るような様子で見せる才能の一片に驚かされるばかりだった。

 

 

その少年が。

そう、少年なのだと。

理解していた当然のことを、今更ながらに思い至る。

 

眠ることを拒否していたかのように文献を読む姿や

仮眠室の空き時間を確認していたことの裏に、もしかすれば

こんな理由があったのかと感じざるを得ない。

 

きつく握るその腕からは、

自然にでる音ではない、キシリという金属の触れる音がして、

 

震えるその口からは、

起きて放つその声とは違う、弱々しくさえ感じる声が漏れている。

鋼の砦12