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鋼の砦 12 | ![]() |
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驚いた。
それまでに、何度と無くその少年に驚かされてきたことは
悔しいけれど認めないわけにはいかない。
けれど、それらの驚きとは全く異質な
しかし確かな驚きだった。
彼の口から零れるのは謝罪の言葉
母親に向けられた謝罪の言葉
俺は、こんなにも必死で
心底許しを請うような謝罪の言葉を聴いたことがあっただろうか。
彼と同じくらいの兄弟や
幼かった頃の自分を思い出してみても
「ごめんなさい」
と口にしたことや聞いたことが
数え切れないほどあったとしても
彼の言葉はそれらのどれとも
違うように思えた。
足を縫いとめられたかのように動かせず、
その場にいると、横の大佐が少年の近くへと歩いていった。
何をするわけでもなく、その姿を確認しているように
見えるだけだったけれど。
動かせなかった足をゆっくりと少年の傍へと近づければ
睨み上げるその瞳が閉じられている為なのか
あの昼間の様子を窺い知ることは出来なかった。
溢れる知識と冷ややかに自分を見据えたあの様子
反対に、歳相応に
いや、もっと幼く彼を見せるその原因は
きつく抱き寄せられた布団だとか
小さく丸められたその背中だとか
震えるように呟く言葉なのだろうと思う
見ているのが痛々しいまでに
こんな泣くように謝るそんな姿を子どもにさせてはいけないと思う。
してはいけないのではなく
させてはいけない
自分が大人だと思うなら
純粋な素直さと潔癖さ故の理屈臭さと
そして大声で泣けるような場所を持っていられるのが子どもという生き物で
理不尽なことに頷いたり
声を押し殺して泣くような泣き方は、大人になれば身についてしまうもので
それを子どもにさせてはいけないと思う。
「おいっ。大丈夫か!!」
大佐の横から顔を覗き込むようにして
その肩を揺らす。
悪い夢は人に話せば現実にはならないという。
眠りを妨げて怒られてもいい、むしろ怒ってくれていい
その眠りから遠ざけて
得られるならば、再度の健やかな眠りを。
「おいってば」
何度か揺らせば、その覚醒が近いのか、
瞼が動く。
そして。
絶叫を 聞いた
「っ・・・アル? アル!!!お前、元に!!」
瞳を開いたと思えば、
急に飛び掛り、おぼろげな視線を確かめるように瞬かせた。
「おっおい・・・。俺だよ。ハボックだ。」
その声と、姿を確認したのか、
急に驚愕に輝いた瞳の色がくすぶる。
震えるように肩を抱きかかえて俯くと、
「・・・わるい。なんでも・・・無いんだ。」
と、弱々しくそう呟いた。
その姿は、なんでもないと言うようなものではなく。
書庫から指定の図書を探すよりも、
なんとかって名前の論文を理解するよりも
ずっと簡単に分かってしまうことで、
自分をひどく混乱させるには十分だった。
「ハボック、行くぞ。」
静寂を取り戻したその空間で、
大佐が言葉を発して、また扉の方へと向かっていく。
彼の日常をよく知っているわけではないが、
それでもこのような状態で1人にしておくことに不安がある。
「っしかし・・・」
「いいから。」
半ば強引に軍服を引っ張られて、部屋を後にする。
その間、一言も少年は発していない。
バタンと扉を開いたときとは違う
大きな音を立てて扉が閉まるその様子が
悲しいと思うのは、なぜだろうか。
「はぁ。いいんスか?1人にして。」
「我々が傍にいたところで、改善される問題など一つもない。
むしろ、強がるだけで、よけいに辛いだろう。
あれの傍に居られる人間は限られているようだ。」
自分よりも幾分か彼を知っているだろう大佐の言葉は
それでも若干の苦々しさを感じさせていた。
「お母さん・・・いや、アルって奴ですか。なら俺、間違えられたみたいなんですけど」
俺も、傍にいられる人間ですかねっとそんな軽口めいたことを
その言葉の裏に隠して言ってみる。
「・・・彼も、金色の髪をしていたようだからな。」
疑問がまた増えた。
彼は書庫で、「見つけなければいけないもの」があると言った。
弟が心配するだろうと大佐に窘められ、
しかし、母親には眠りに落ちることが許されないような謝罪をしている。
そして、金髪をしていたという、アルという人物。
その人物を大佐は知っている。
「していた」と上司は言った。
そのアルという人物が金髪を「している」から間違えられたのではなく、
「していた」から少年は、俺と間違えた。
「おまえ、元に」
少年はそういった。
金髪の俺をみて、「元に」と。
今は、金の髪をしていない、アルと呼ばれる人物。
しかし、大佐はその人物を知っている・・・。
バラバラの符号たちは、いったいどんな形を成すというのだろうか。