鋼の砦 15

大佐がそれでも事後処理に追われて、

犯人逮捕に繋がった、フュリーとファルマンも検証に呼ばれていて、

ブレダと中尉は書類の整理に借り出されて・・・

 

どうしてか自分がここにいたりする。

 

 

ここというのは、今ではすっかり馴染みの場所になりつつある

書庫で。

 

中尉から「昼食の時間になったら、エドワード君を誘ってあげてちょうだい」と言われている。

 

正直言って、昨夜の今日ではとても気まずい。

どうにか顔を合わせずに済む方法はないだろうか。

 

「じゃあ、ブレダにでも」

「ブレダ少尉は少し感情的に成りやすくなっているから、

 エドワード君も挑発してるみたいだし。貴方が適任だと思うのだけれど」

 

ブレダは書類の整理。

フュリーとファルマンは検証作業。

 

となると残るのは俺だけな訳で。

 

 

開けるのが何度目になるのか、その書庫の扉を開けば、

何度も見たことのある風景とそれに溶け込んでいる金髪の少年。

 

 

「あ〜っと、昼なんっスけど・・・」

 

集中していれば、声など聞こえないのだと言った少年。

どうせ、自分の声は聞こえてなどいないのだろう。

 

はぁとため息を溢して近寄る。

以前、大佐がしたようにその本を取り上げて無理やり意識を戻すしか

方法はないのだろう。

泣きついて、変わってくれるものが居ないのだから、

自分がするしかないのだろう。

 

本当に気まずい。

 

このまま、ここを出て行きたかったけれど、

自分が呼び戻さなければ彼は食事も採らずにこのままだろうから。

 

それは、中尉に命じられたからという理由以上にこの行為を続けさせた。

 

 

パタン

 

小さな音に顔を上げてみれば、金色の瞳がこちらを見ている。

その音が、もう驚かなくなった分厚い本を閉じたものだということに気付くと

違う意味で驚いた。

 

 

集中していれば、声など聞こえない少年。

 

自分の声に反応したのか、こちらを見て、その本を閉じた少年。

 

不思議に思って見ると、すこしその顔色が悪いことに気が付いた。

 

 

「体調が良くないんスか?」

 

集中力がその為に削がれているのかと思い至り、心配になる。

 

彼の集中力の高さなど

短い付き合いであるにも関わらず、嫌と言うほど見てきたのだから。

 

こちらに来てから、寝る間を惜しんでと言ってよいほど文献に噛り付いている。

 

さらに、軍に協力という形で暗号文解読にも関わった。

 

何より魘されて眠れていないことを自分は知ってしまっている。

 

いつものように睨み付けるように向けられたその瞳が

まるで昨夜のことに触れるなと言わんばかりであったが、

それでも体調の悪さを隠すには至っていなかった。

 

もともと子どもらしさなど感じさせるような事は無かったが、

それでも血色の良い顔つきであったことは確かだった。

 

その顔色が悪く、艶やかであった金色の髪もどこかその艶を無くしている。

 

 

気分が悪いなら、仮眠室でそのまま休んでいれば良いというのに。

そう言おうとして、大佐の言葉と彼の言葉を思い出す。

 

見つけなければ成らないものがあると言った。

子どもの癖に、時間がないと言わんばかりに必死の様子で。

 

「何を探しているのか知りませんけど、大佐の言ってたように弟くんが心配するんでしょ?」

 

以前彼を留めたように、弟を出せば彼は休むだろうと安易に考えた。

弟を出されれば、彼は弱いのだろうと思ったからだ。

 

しかし、自分の思惑は外れ

幾分力のない金の瞳はもう一度俺を睨みつけて、

早く出て行けとばかりに言葉を投げつける。

 

 

「アルは関係ない」

 

 

(弟が・・・アル?)

 

確かに彼の言葉は弟をアルだと言っているようなものだった。

 

以前は金色の髪をしていたが、どう言う訳か今はその姿をしていないであろう

「アル」という人物は、少年が寝起きに慌てて掴みかかる程に必死になる人物で。

 

彼を心配しているという「弟」は、大人を睨み据えるほどの少年を

その存在だけでおとなしくしてしまえる存在で。

 

その「アル」と「弟」は同一人物だと言う。

 

 

(なんだかなぁ〜。まったく意味がわかんねぇよ。)

 

分かることは、

どちらにしても、彼がそのアルを至極大切に思っているということだろう。

 

「とにかく、休んでくださいよ」

 

そして、今は休むことが必要だということ。

 

このまま引き下がれば、彼の体調はますます悪くなるだろう。

仮眠室か医務室か。

どちらでもよいけれど、休ませることが先決だろう。

 

 

立とうとしない彼に手を差し出して、ここから連れ出そうとするも

その手を掴むことは無かった。

 

 

(なんで、こんなに強情かなっとに。休むときゃ休めばいいのに)

 

少しイラついて、彼の体を抱き上げるように脇に手を入れる。

 

見た目よりも重く感じられるのは、腕と足に付けられた機械鎧の為だろう。

 

内戦で失ったのだと上司は言っていた。

建物の中でも手袋を外さず、足音がおかしいことを尋ねれば

そう答えが返ってきた。

 

大人でさえ激痛に耐えられないというその機械鎧を付けているのだと

改めて実感すれば

胸がツキンと小さく痛んだ。

 

「っ何すんだよ!」

 

暴れて抵抗するが、それは些細なことで。

軍人の鍛えた腕を振り払うには至らなかった。

 

 

 

 

その時

不意に嗅ぎ慣れた匂いに気付いた。

 

そう、戦場で嗅ぎ慣れたその匂いは確かに少年から発せられていて。

 

「何っ怪我してるんスか?!!」

 

顔色が悪かったのは怪我のせいなのかと焦る。

 

彼から匂ったのは鉄くさい、そう血の匂いだったから。

 

これでも軍人。

戦場で嗅ぎ慣れたとしてもその匂いには敏感だった。

 

慌てて、その場に少年を下ろして、

怪我の様子を見ようとすれば、腹が痛いのか、

押さえてうずくまった。

 

怪我の在りかがその場所なのだろうと

急いで彼の服を捲り上げようとする。

 

 

「怪我してるんなら、そう言ってくださいよ!!

 暴れたりしたら、傷が開くでしょうが」

 

服を掴んだ腕を振り払うように

抵抗してきたが、怪我の具合を確かめる方が先決だ。

 

よく見れば、黒いズボンの下からトロリと鮮血が見て取れた。

どこでそんな怪我をしたのか皆目検討もつかなかったが、

血が流れていることは確かで、

彼が腹を押さえてうずくまったのだから、傷はそこなのだろう。

 

 

しかし、またしても自分の思惑は外れることになる。

 

 

 

「っ・・・お前・・・」

 

 

手が止まった。

 

 

無理やり捲り上げた黒のタンクトップの下。

 

そこには傷などありはしなかった。

 

 

あったのは、僅かな胸のふくらみだけ。

 

 

しかし、それは男の体にないもので。

 

 

「お前・・・女なのか?」

 

 

傷から流れる以外のその血液の原因を知る。

 

羞恥なのか憤りなのか、

その顔を赤くしたその姿は

すでに少年には見えず、小さな少女のものだった。

 

鋼の砦 16