自分の意を解さない小さな子どもに苛立ちに似た感情が擡げる。

 

顔色は悪く、耐えるように噛み締められた唇、揺れたことを隠すような瞳をして、

さあ、自分を切り捨てろとそう言う。

 

「そんな事を言っているのではない。

 国家錬金術師に成る事事態を諦めろと言っているのだよ」

 

もう一度、サラリと髪に手をあてる。

ビクリと揺らされた肩は、二度目に反応を示さなかった。

 

小さな君が、どう生きていくというのか。

それが少女だと知ってなぜ、歩むことを賛同できようか。

 

「なんだよ。

 女だって分かったら、あんたが示した道だって無くなるっていうのか?」

 

揺れた瞳が鋭く光を増していく。

 

もう止めたまえ。

そんな風に、相手を威嚇しながら自分を傷つけるのは。

 

そうだ。

女の子なのだろう。

 

「・・・そうだ。あの時に君が少女だと気づいていたならば、誘いはしなかった。

 私の過ちだ。すまなかった」

 

酷い言葉だと思う。

何を今更過ちだと言うのか。

棒読みのように自分が発する言葉の意味が、

目の前の幼子に決して優しいものでないことなど分かりすぎる程だ。

 

しかし、ここで止めなければならない。

 

「はっ?過ちだって?

 あんたの言葉がそうだというなら、俺がここにいるのもそうなのか?」

「俺だなんて言うものじゃない。」

 

「帰りなさい。」

 

押し黙るエドワードに通告する。

帰りなさいと。

 

「・・・帰ってどうしろっていうんだよ。

 俺は、アルを元に戻すと決めたんだ。そのためには、国家錬金術師にならなきゃいけない」

 

そんなことは分かっている。

だが、

 

「そして、旅をするというのかね。その体で?」

 

小さな、小さなその体で旅を?

どこにあるのか、いや、そもそも存在するのかも怪しいような伝説のものを探して?

何年?何十年と旅をするのか?

 

ベッドに横たわるその体を見て、

今の状態が分からないのかと暗に目線で問い掛ける。

 

「無理だろう?」

 

「無理じゃない。」

 

「無理だ、今はそうでなくとも、必ず」

 

少年だと周囲が思う内はまだいい。

しかし、それは長くは続かないだろう。

体は丸みを帯びるし、胸も成長につれて膨らむ。

男女の境界があやふやな内に、探せると確証を持つことなどできないのだから。

 

「・・・無理だ?諦めろ?帰れ?

 はっ、何言ってんだよ!!

 無理だろうと、何だろうと諦められるものじゃないだろっ!

 帰るのは、全てを取り戻した時だっ、今、帰れる場所など元からない!」

 

ボスッと手元をベッドの毛布に叩きつけ、

瞳をこちらに向けて、叫ぶようにして言う。

 

「俺が諦めれば、どうなる?それで何かが変わるのか?

 誰が、アルを元に戻すんだよ!!」

 

「それでも君は女だろう」

 

「1人で旅をすれば、どんな危険があるかも分からない。

 だから、君とて性別を偽っていたのだろう?

 

 宿はどうする?その時、今のように体調を崩して倒れたら?

 

 ましてや、軍の狗になれば、民衆からの反応も厳しくなる。

 罵られ、暴行を受けてからでは、遅いだろう。

 

 ・・・そんなことなど弟は望んでいないだろう」

 

弟の存在を出す。

それがこの子の弱い場所だと分かっているからこそ。

 

姉の車椅子を大きな鎧の姿で押していた姿が思い出される。

優しい子なのだろう。

弟と会ったのは、この少女より遥かに短い時間だけれど、

それでも、あの子どもが姉の不幸を望むようには見えなかった。

 

 

「女だから、旅ができないから、アルにそのままで居てくれと言うのか?

 守られて当然だから、お前は、我慢してくれって言うのか?

 鎧のままで、痛みも眠る事も食べる事もできないけど、

 俺が襲われることを考えたら、その方がいいだろうって言うのか?」

 

「・・・そうだ」

 

「ふざけるなっ!俺は、そんなこと望んでいない!!

 アルが望んでいないそんなことよりも、ずっと望んでなんていない!

 俺がしなくちゃ、誰も取り戻してくれやしない!

 祈る神ももういない。頼る大人ももういない!俺にはもう、アルしかいない!!」

 

 

 

『俺にはもう、アルしかいない』

 

『アルには、俺しかいない』ではなく『俺にはアルしかいない』

 

この子は、自分の為でなく、弟の為に生きている。

それは同時に、弟が居なければ、自分は生きていけないと同意だというのか。

 

なんと、刹那的で不可侵な領域にいるのか。

 

世に2人などと思うのは、

愛した人とその愛を語り合う夢言葉だけで十分だ。

 

こんな辛い言葉として叫び言ってよい言葉ではない。

ましてや、12歳の少女が。

 

 

何より、それは自分ではない。

その事に苛立つ自分を知った。

 

守りたいのだと自覚する。

 

この少女を、全てのものから。

 

酷な事を言っているのは理解している。

けれど、だからといってそれすら容認できないのだ。

 

鎧の弟をそのままに生きていけと言った。

直接的でないにしろ、その意味を問われれば、すなわちそういう事。

 

無事で居て欲しい。

十分過ぎる罪を背負ったこの少女に、

茨の道を歩めと言って、平坦ではない道を指し示したのは自分であるのに。

 

それでも、

嘆く声を聞いてしまったから。

揺れる細い肩を見てしまったから。

威嚇のように睨みつける瞳があったから。

 

そんな事がないように、

全てが元に戻らなくとも、これ以上失うことがないように。

 

そんな願いを持つことは、決してこの少女の為ではなく、

自分が見たくはないのだろうか。

鋼の砦19
鋼の砦20