『何だろうと諦められるものじゃないだろっ!』
『帰るのは、全てを取り戻した時だっ、今、帰れる場所など元からない!』
『誰が、アルを元に戻すんだよ!!』
『そんなこと望んでいない!!』
『祈る神ももういない。頼る大人ももういない!』
怒鳴り声が響く医務室の前で、
人払いをするために立ち続けていたが
あまりに大きくなっていく声に内心で焦っていた。
少女であると気付いた少年のように振舞っていた子どもは、
とても痛いと叫んでいる。
声が聞こえる。
直接響くその怒鳴り声の裏側からは、
大人に対する非難と、これからへの不安が溢れている。
弟のことを心配していたのを知っている。
それがこの子どもの弱い所なのかと、気付きもした。
そして、取り乱すようにして叫んだ言葉の意味も
段々と分かってきた。
その目指す泥の道の行く先が、
少なからずその弟に関係しているのだという事。
軍を嫌う潔癖な子どものようであるにも関わらず、
軍に組み入ろうとしているのは「何か」を取り戻すため。
いつも自分たちを睨んでいたあの瞳のその真実を、
見てはならないものを見てしまった気分ではあるけれど、
それでもその言葉を聞いてしまったから。
女の子なら、旅をすることには危険が伴う。
それは少年であってもそうなのだろうけれど、
少女の場合は違った意味で。
軍人である自分がその事を認めてしまうのは職務怠慢であるが、
この土地は治安がいいとは言い難い。
恐喝・人身売買・婦女暴行・殺人・・・etc
どう考えても、例え国家錬金術師の称号を得ようとも、
僅か12歳の少女が旅をするのを許す大人はいないだろう。
もちろん、自分もその1人。
服をたくし上げた自分の目に映ったのは
白い身体。
それは、男の体ではなく、
女特有の丸みを帯び始めた柔らかい肌。
その対照に付けられている、
鈍く光る機会鎧も。
さらに、「彼」を華奢に見せていた。
見てはいけないものを見てしまった気分だ。
それでも、この先を止めるすべに成ればいい。
急に止んだ怒号に気付いて、肩を預けていた扉から離れる。
すると、ゆっくりと扉が開き、上司の黒い瞳と目が合った。
「・・・休みなさい。ここは、人払いさせるから」
その言葉が、部屋の中にいる少女に向けられていることは明白で、
大佐の肩口から覗いた室内のベッドの中には
いつもは括っている髪を前に垂らして、顔を隠すようにしている少女が見える。
その瞳を見ることは出来なかったが、
その様子は痛々しく映り、小さいと思った体をよけいに小さく見せていた。
「いいんスか・・・?」
何がとは問えなかったが、そう言う事で何かを知りたいと思った。
どこかで何かが間違っていて、
それを気付くまでに新たな過ちを繰り返してしまっているような
不安が込み上げる。
自分は軍人。
そして大人というカテゴリーの中にいて、
子どもはもちろん市民の平和を守るという職業についている。
そのことを自覚している軍人が何人いるかは分からないが、
少なくとも自分はそう思っていたい。
たとえ、戦場で子どもに向けて銃を持つことがあろうとも。
「今は、体を休ませる事が先決だろう」
前髪をかき上げながら、ふぅと息を吐き出して、
そう言った大佐は疲れているように見える。
中央への出向とテロへの対応、そして今回のこの騒ぎ。
いろいろなものが切迫していて、
どれもが複雑に絡んでいる。
それでも聞かずにはいられない。
「分かんなかったんスか・・・エドワードのこと」
自分がこの名前を言ったのはいつ以来だろう。
そう、最初に「彼」に名前を尋ねた時以来だ。
態度も悪く、高圧的にものを言った「少年」の名前。
この名前にも隠されていた「少年」の真実に、
上司は気付いていなかった。
「あぁ、どうかしている。
ただ・・・気付いてはいたのかも知れない」
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鋼の砦 20 | ![]() |
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