「エドワードが居ない?!!」

 

ガタンと音を立てて革張りの椅子が倒れるがそんな事に気を止めている場合ではない。

荒々しいノックの後に続いたのは、

滅多に声を荒げる事の無い副官の声。

 

「はい、医務室から・・・」

 

中尉が全てを言い終わる前に、執務室から駆け出す。

大きな音を立ててドアが左右に開かれるが、

その音よりも自分の心音が聞こえてきて煩い。

 

途中で何度か人とぶつかり、書類がばら撒かれたが、

舌打ちをすることで前に進む。

 

 

 

「大佐っ」

 

入り口には数人の兵の姿があり、ハボックが声をかけた。

医務室のドアは開かれており、中のベッドを覗くも金色の少女はおろか

人影を探すことも出来ない。

 

「見張りの兵はどうしたっ!!」

 

私は確かに人払いをさせる為に入り口に兵を置くように指示をした。

ハボックは敬礼をして、横の兵士の背をトンと叩いた。

兵士は明らかに怯えた表情をしているが、

そんな相手にどこまでも低い声で問い詰める。

 

「君がここの見張りをしていたのかね」

 

「はっ。しかし、誰もこのドアから出るものはいませんでした」

 

全く持って苛立ちを募らせる兵士だ。

一体、誰の見張りをしていたのか分かっていないのだろうか。

 

「私は、エドワード・エルリックが中にいるといっただろう」

 

彼、いや、彼女は今普通の状態ではない。

もちろん彼女が見せていたその表情が普通の状態だったかは思い知れないが、

ただ、突然に性別がばれてしまったことや体の変化に戸惑っていることは確かだ。

 

それだから、名を示して見張りを立てたのだ。

 

「彼は錬金術師だろう!!誰がドアを見張れと言った!!!

 私が命じたのは部屋からの出入りだ!!!」

 

表情をさらに強張らせる兵士から目をそらして、

医務室の中に入っていく。

 

案の定そこには外の風が入り込む穴が開けられていた。

 

夜の風は冷たく、怒りに火照った頬に当たる。

あの体でどこにいったというのか。

 

ドンと壁を殴れば、錬金術で作られた穴から

パラパラと外壁が崩れた。

 

「ハボック!!ブレダ、ファルマン、フュリーと共に捜索にあたれ。

 彼は、ここに来て日が浅い。駅から司令部までの道を左右に分けて探せ!!」

 

「イエスっサー」

 

ビシリと姿勢を正して敬礼をした後すぐに

バタバタという駆け足の音が響いた。

 

 

彼女はここに来てどこにも行っていない。

それどころか、書庫にしかいなかったのだ。

寒空の中、痛む体のままでどこに行ったというのか。

 

そして、そう仕向けてしまったのは、

紛れも無く自分の言葉。

 

 

帰る場所などないと言った彼女に、

『帰れ』と言った自分。

祈る神も頼る大人もいないと言った彼女。

 

ドン

 

もう一度壁を叩き、パラパラと崩れる壁の音を聞く。

 

こんなに小さな穴から出て行ってしまうことの出来る小さな体で、

こんな厳つい軍司令部から1人で出させてしまった。

 

探さなくては。

 

自分も走り出そうと踵を返したところで、中尉が走りこんで着た。

 

「大佐っ!テロリストの残党がまだ市内にいるとの情報が」

 

手に持っていたリストをこちらに差し出す。

それを奪うようにして見れば、

 

「爆破物・・・場所は?!」

 

「まだ特定されていませんが、解読された文書に記載されていただろうと」

 

捕まえたテロリストの聴取は続けられていた。

そこで、自分の命の保障の変わりに他の情報を差し出す者も多い。

結局は寄せ集めの団体なのだ。

 

そこで集められた情報に、残党がいると報告された。

そして、その者たちは爆破物製作者。

 

そして、その仕掛ける場所も例の予告状に混ぜていたのだと。

 

 

複雑な解読をより厄介にさせていたもの。

自分たちがダミーだと考えていたもの。

 

その予告状は誰が解読した?

自分と・・・そして。

あの少年のように振舞っていた少女。

 

まだここの地理に詳しくない彼女が、

見ていた地図は?

 

一度で場所を暗記できると言った彼女。

 

 

「中尉!ハボック達に連絡を!!!

 至急、鉄道第三倉庫に!爆破物の危険も知らせるように!!!」

 

中尉の敬礼を見るまでもなく、

その場を駆け出す。

 

重なった不安。

満足に動くことの出来ないエドワード・エルリック。

 

そして、

解読されていた、爆破物の場所。

鉄道第三倉庫。

鋼の砦 21
鋼の砦22