ガタン
(やばっ)
薄暗い室内で、乱雑に置かれている何かに足が突っかかった。
ただでさえ体を支えるのに力がいる状態で、とっさに足を踏みとどまることができなかった。
「何だ!!」
「誰かいるのか!?」
先ほどまでのひそひそ声は何だったのかと思うくらいの大声で、
男たちは音の響いた場所。
つまり、こちらに向けて怒鳴った。
(あぁ、どうするか)
早く休みたいと訴えるように体は重い。
いかに体術に自信があったとしても、今動くのは得策ではないだろう。
大佐と話していた時に比べ、冷たい夜風は自分の体を冷やしたが、
同時に頭も冷やしてくれたようだ。
冷静に自分の状態を把握できている。
男は2人。
白衣の男は見た目にも研究者らしく、体力はあまりないように見える。
しかし、スーツの男はどうだろうか。
今の状態で、2人を相手にできるだろうか。
『どんな危険があるかも分からない。
だから、君とて性別を偽っていたのだろう?』
ふいに大佐に言われた言葉が脳裏に蘇る。
彼は、自分に無理だろうと言った。
このまま危険な事をするのは女性である自分には無理だと。
そんな事は言われなくても分かっているつもりだった。
しかし、実際にこの状態で、少なからず危険な状況に陥って、
戸惑っている自分がいる。
普段ならば、あんな男たちに怯む自分ではない。
爆弾を持っていようと、それよりも早く動ける自信はあるし、
男を2人相手にしたからといって負けるような修行は受けていない。
けれど、この痛む腹を抱えた自分は。
相手に出来るかどうかを慎重になっている。
臆病になっている訳ではない。
できる範囲を問うているのだ。
本当に成せるか否か。
ここに留まれるか否か。
「出来ないなんて言える訳ねぇじゃねぇか!」
ここで逃げる訳にはいかない。
たとえ敵わなくても、逃げればこの先ずっとそうだ。
自分は女なのだと逃げ回り、
弟の影で怯えて暮らすのか?
そんな事はまったく御免だ。
自分は性別など捨てても構わない。
取り戻すと決めたその為に、後ろなんて見ている暇はない。
逃げるな前を向け。
そこに居るのは誰だ。
人間だろう?
自分はもっと地獄を見たではないか。
爛れた肉とむせ返る血の匂いの中で、
人とは呼べぬ存在を創り上げたのは誰だ。
取り戻すと決めたのは、繋ぎとめた弟。
捨てると決めたのは、己という鎖。
コンテナの陰から抜け出せば、
思いの他月明かりでその場は見渡せた。
「なっ何者だ!!」
急に現れた存在に、ズサリと音を立てて足を踏み固めた2人の男は、
砂埃を立てた。
エドはニヤリと笑って見せる。
ここからははったりだ。
強気になれ。
ジクジクと痛む腹から神経を切り離し、
じっと男たちをその金の瞳で睨み付けた。
「なぁ、あんたら爆弾テロ仕掛けようとしてんだろ」
余裕を持って、堂々と。
相手に弱みなど見せないように。
図星を指されたからなのか、爆弾を持った白衣の男はビクリと体を揺らした。
完全にこちらの方が優位に立っている。
そうだ、このまま。
「あんたらの暗号を解読したの俺なんだよね」
まるで何でもないようにして言ってのければ、
暗号を作ったといっていたスーツの男が今度は目線を鋭くした。
「お前のようなガキが?」
「あぁ、こんなガキでも簡単に解けたよ。
実際、あんたの物質の融解温度の定理間違っていたから、手間取ったけど」
「なっ!!」
そうそう。
腹を立てたら負けだよ。
ガキと呼ばれようと、今は我慢。
ここで暴れれば、完全にアウトだ。
「ラウルレット博士の『楽しい融解温度』でももう一度読み直した方がいいんじゃね」
「きっきさま!!」
ちなみにラウルレット博士は、融解温度の研究の第一人者。
しかし、著作は難解を極め、ちょっと齧っただけでは読めるものではない。
たとえ、それが、『楽しい融解温度』なんていう入門書的な題であったとしても。
人は怒らせた方が直接的になる。
そう、それが以前の自分のように。
図星を突かれ、どうにもならず、声を荒げる事で自身を守ろうとする。
嫌なもんだ。
誰かを通して自分の愚かさに気付くなんて。
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鋼の砦 23 | ![]() |
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