冷たい風は体を容赦なく冷やしていく。

 

目指しているのは、鉄道第三倉庫。

自分の第六感がビリビリと危険を知らせている。

この警笛を信じるようになってからどれほど経ったか、

裏切らない確立が高いことに頭を痛める。

 

同時に頭の中にあるのは1人の少女。

少し前まで少年だと信じて疑わなかったその子ども。

こんな空の下で1人にさせているのは自分の言葉だったのか、

あるいは態度だろうか。

 

 

声を荒げて、『自分などどうでもいい』と言うような態度に

恐怖すら覚えていた。

あの小さな体は少年ではなく、少女のモノで、

そして女性への変化を見せ始めたのだ。

 

自分を二の次に、全ては弟の為。

 

彼女を少年だと思っていた時はそれでも良かった。

心は波打っていたけれど、

それでもそれを無視する事は可能であった。

 

 

しかし。

 

その真実は、自分を苛立たせ、酷い言葉を使った。

帰る場所など無いのだとそう瞳で訴える子どもに、痛みを与えた。

必ず取り戻すのだと必死な姿に、現実というモノを突きつけた。

 

手に入らない玩具に駄々をこねる子どものように、

意味の無い進言をしていたのかも知れない。

 

 

飛び出した夜の寒さは、あの子に何を与えているのだろうか。

 

体は痛んではいないだろうか。

どこかに倒れてはいないだろうか。

 

泣いてはいないだろうか。

・・・泣けているのだろうか。

 

 

波のように押し寄せる不安を払うようにして鉄道第三倉庫を目指す。

 

 

郊外に差し掛かり、これからあと少しで目的の場所に着くという所。

闇の中に不気味なほどコンテナの様子が更に真っ黒な存在として見えた時だった。

 

目の前が不自然なほどに明るく光るのを目の端が捉える。

辺りに足音が無いことを確認しているので、援軍からの合図というわけでもなさそうだ。

しかも、これらは内密に行っている事で、

ハボックたちは光りを使ってこちらに合図を送ってくるなど考えられない。

 

バチバチ

 

目前のコンテナが浮かび上がる。

そこから見えたのは青白い光りの筋。

 

練成反応。

 

得意とする練成がたとえ焔だからといって、他の練成を知らないわけではない。

そして、今探しているその人は確かに自分の目前で練成術を使って見せた錬金術師。

 

「・・・!!」

 

足を進める速度を速める。

錬金術を使える者は彼女だけではない。

そんな事は分かっている。

 

しかし、目指している場所で。

そこにその少女がいるかも知れないと第六感は告げ。

そして、それを使わなければならない状況にある要素もまた知っている。

つまりは爆弾所持のテロリスト。

 

 

苦痛に歪んだ常より色のない白い顔つき。

口の端を歪ませて怒鳴るように威嚇して見せた細い肩。

 

そんな状態で、錬金術を使わなければならない状況に巻き込んだのは自分。

彼女の能力を試すだなんて、そんな安易な考えで、

この暗号解読を手伝わせた。

 

義務ではない軍への援助をまるで当たり前であるようにして子どもに示し、

そしてその能力を使わせたのだ。

 

子どもを導くのが大人だと言うのならば、

そんな力の使い方を覚えさせるべきではなかったのだろう。

 

人を守るのが軍人だと言うのならば、

子どもの道を摘み取るような行いをするべきではなかったのだろう。

 

 

 

「エドワード!!」

 

練成反応のその場所を追い、砂埃がまう建物の中に入る。

月明かりが多少の光源であるとは言っても薄暗いことには変わりが無い。

 

(どこにいる・・・)

気配と風を読みながら、自分の気配を殺す。

すでに発火布を付けた掌を顔の近くまで引き上げて、

臨戦態勢を整える。

 

声を出しても反応は返らず、ゾクリとした感覚が襲う。

ジリっと足元から薄く入り込んだ砂が音を立てる。

 

嫌な空気だ。

遠くから聞こえていた音が今は止んでいる。

確かに人の気配のあった場所であるのに、自分の胎内から出される音以外が聞こえない。

 

 

ガタッ

 

瞬時に音に向きかえる。

発火布を付けた腕を伸ばし、明かりのない空間を睨みつける。

キチチと砂がひねられる音がして、革靴にその感触が響く。

 

 

 

「・・・大佐?」

 

黒い軍支給のコートを追うようにして持ち上げられたのは金色。

明かりなど無いはずなのに、キラキラと輝いているかのようだ。

 

「エドワード!!」

 

再度大きな声で彼女の名前を呼ぶ。

どうやらそちらも臨戦態勢だったようで、以前驚かされた練成よろしく、

両手を胸で合わせた格好をしている。

 

大総統の前で見せた練成の所作だ。

 

 

ガクリと膝を突いたのを目の端に止めて、慌ててその体を支えるように手を伸ばした。

少女の体は小さいのに、重さはそれなりにある。

それは、右腕に付けられている機械鎧の重みなのだろう。

 

大丈夫かと問いかけようとしたその言葉を飲み込んでしまったのは、

近くで見れば驚くほどに顔色が悪かった為と、

きゅっと腹の前を腕で掴んで、抱え込むようにして震えているその肩を知ったからだ。

 

女性は体を冷やしてはいけないのだと聞いた事がある。

それはこんな時ならば尚のこと。

 

 

「ちっ!!」

 

こんな体であるのに、勝手に司令部を抜け出した事と、

そうするきっかけを作ってしまった自分の言動に舌打ちをする。

来ていたコートを勢いよく脱ぐと、エドワードを包むようにして抱き上げる。

 

こんな場所に居させては悪化させるだけだろう。

すでに優秀な部下たちはこちらに向かっているだろうから、

誰かに連絡を取り医者に見せる必要があるかも知れない。

 

 

抱き上げて、元来た道を走り出そうとした時、

腕を強く握られた。

 

それは機械鎧ではなく、布越しでも暖かく感じられる左手だった。

 

「どうした?痛むのか?」

 

顔を覗き込むようにして腕の中にいる少女に話かける。

この状態では辛いのだろうか。

車を回させた方が早いだろうかと頭の中で考える。

 

 

「俺は・・・平気っ」

 

「なっ!どこが平気だと言うのだね!!」

 

語尾の最後も痛みで途切れたような喋り方をしているというのに、

よく平気だなどと言えたものだ。

第一、自分の前で倒れこんだ者の言う言葉ではない。

 

 

「あんたに守って貰わなくたって、大丈夫だ。

 ・・・あれを処理するのが、あんたの仕事だろう?」

 

ゴソリと頭を包まれた黒いコートから出して、

腕を掴んでいる左手ではなく、右腕を宙に浮かす。

 

カシャリと金属の音がして、示された指の先に目をやる。

暗い室内の中だというのに、

何故か異質なほどに示された指を自分は目線で追うことが出来た。

 

ホコリを多分に含んだ空気の中で、

その目線を動かす。

 

そこには、

何故か場違いに見える白衣を着た男とスーツを着た男が並んで座っている。

その姿はいっそ、滑稽に映るほどであった。

 

気絶しているのか、首は下に折れているが、

更に奇妙なのは壁から生えた大きな腕のような突起物。

それがしっかりと2人を握っているのだ。

 

アートスティックだと表現すればいいのだろうか。

 

 

「・・・あれは君がやったのかい?」

 

「あぁ」

 

 

先ほどまでの緊迫した空気は何だったのか。

腕の中にいる少女は男2人に錬金術で対峙したらしい。

 

「テロリストなんだってさ・・・俺に構ってなくてあいつらどうにかしなよっっ」

 

どうでもいいと言うように喋るのだが、

それでも語尾に痛みの片鱗を感じてしまうように、

時おり声が高く切れる。

そして、また腹を丸めるように抱きかかえる仕草をするのだ。

 

(・・・どうしてこの子は・・・)

 

 

 

静まった外から車のエンジン音が響いてきた。

部下がここに到着したのだろう。

 

まぁ、タイミングとしては上出来だ。

鋼の砦 24
鋼の砦25