珍しい光景。

軍人になってから、通常とは違う光景というものに慣れたと感じた時もあった。

しかし、この世にはまだまだ見慣れないものがあるのだ。

 

いつもの上司の執務室。

偉そうな革の回転イス。

丈夫そうな上質な執務机。

休憩室とは違う上等なソファー。

 

それらは見慣れたもの。

それに加えられ存在しているのは、

 

シュンシュンと音を立てるヤカンとストーブ。

簡易ベッド。

それに横たわる金色の少女。

そして。

ガショガショと音を立て、その少女を「姉」と呼んだ鎧。

 

そして、その「鎧」は執務室に入るなり怒り出した。

 

「何があったのさ姉さん!!急に電話で姉さんを知らないかなんて言われて」

「おまっなんでここに居るんだよ!!」

 

「・・・あぁ、すんません。俺が連絡入れました」

 

小声で言ってみたものの、そんな声は聞こえませんとばかりに姉弟は話を続ける。

 

「大体、1人で軍の試験を受けるなんて僕は反対だったんだ!!」

「だからって・・・」

「隣町に居たからこうしてすぐに来れたのはいいけど、リゼンブールに居たままだったら、

 どうしたと思ってるんだよ!!」

「アルっお前・・・隣町ってなんで」

 

 

「すまないが、声を小さくはできないものかね」

 

唖然としていた時間を差し引いても、姉弟の言い争いは長く感じられた。

時間にしてみればそれ程でもないのだろうが。

鎧と金色の少女の言い争いを目で追うようにしていたら、

横に立っていた上司が存在を誇示するかのようにその間に割って入った。

 

・・・あっここ執務室だ。

自分もここをどこだか忘れて、その言い争いを見ていた事を思い至った。

 

「さっきから、姉姉と・・・性別を隠したいのではないのかね」

 

ため息交じりに額を軽く押さえながら、上司は黒髪の頭を少しだけ俯かせた。

司令部の執務室はそれなりに防音設備がされている。

しかし、それでもあの騒ぎの延長上にあるこの状態では役立っているか定かではない。

あの騒ぎと言うのはもちろん鎧が少尉・・・自分をぶら下げて制止も聞かず、

ここに入って行った事である。

目撃した者たちは一様に驚いた顔をしていた事を思い出す。

 

(まぁ、中尉がどうにかしてくれただろうけど・・・)

 

あの優秀な副官殿は、きっと騒がしい兵士たちに釘をさしている事だろう。

彼女はこの姉弟の過去を大佐とともに見ている一人なのだ。

自分の知らない姉弟の。

 

「性別を隠す?・・・って姉さん!!」

「だから、声が大きい」

 

再び声をひそめるように促すが、鎧の弟は姉の決意を知らされていなかったらしい。

少女が怯えてしまうのではないかというように、

ガシャンという音を立てて、ベッドの傍に詰め寄る弟。

しかし、こちらの想像に反して少女は怯えるのではなく、

その金色の瞳を鎧の弟にキッと向けている。

 

それでも、その瞳は軍人たちに向けられていた威嚇のような色はなく、

慈愛すら滲んでいるような、それでいて救いを求めるかのような。

 

「アルは知らなくて良かったんだ・・・お前は、何も心配しなくていい」

 

なっと幼子を言い含める母親のような声を出した少女は、

細い腕を無骨な鎧に伸ばし、ゆるゆるとその無機質な素材を撫でた。

 

酷い違和感。

 

なぜ、この少女はこんなにも愛しげにこの鎧を撫でるのか。

そこに人の温かさなど無いというのに。

そして、この弟とされる鎧は、

表情など見て取れるはずは無いというのに、こんなにも悲しげなのか。

 

 

符号をかき集める。

まだこの少女を少年だと思っていた時。

威嚇する瞳で、大人を睨みつけていた不遜な子ども。

 

あの時大佐は言った。

 

『弟が心配する』と。

そうしたら、嘘のように静かになった「少年」

 

薄暗い仮眠室での絶叫。

『っ・・・アル?  アル!!!お前、元に!!』

確かに「少年」は自分を誰かと間違えていた。

 

『金髪をしていた弟』

 

今は、別の何か?

 

そして、「少女」を「姉」と呼ぶ「鎧」

 

この符号。

少女が「国家錬金術師」になった理由?

これが?

 

 

頑なな少女に、隣の鎧はフルフルと震えていた。

その度にカタカタと金属が擦れる音がする。

 

 

「ねぇ、姉さん。僕は・・・」

「アル!!・・・何も言うな。お前は、何もしなくていい」

 

 

言葉を奪い取る少女。

あぁ、もう1つ違和感。

 

少女が小柄だとしても、それは許容範囲だ。

むしろ可愛らしいと言えるだろう。

 

しかし、この「少女」の「弟」と言う「鎧」は。

この体躯はどうだ。

成人男性・・・いや、軍人にいるものですら、こんな体躯は珍しい。

珍しいというより、居ないに等しい。

 

それが酷い違和感なのだ。

 

それでも、その事には何も触れない上司。

それが当たり前だというようにして、ベッドの横で奪われた言葉を前に、

しょぼんとする「鎧」。

執務室を目指し、こちらの制止に応じず進んでいた者と同一なのだろうか。

勢いを失った「鎧」は、頑なな「姉」の前に言葉を失っていた。

 

そして、ベッドの上の少女は、「少女」だった。

今まで少年だと思っていた事が嘘のように、そうにしか見えない。

「姉」として、守る存在の前で。

 

何を守ろうとしているのか。

この軍人たちが多くいるその中心で。

 

いっそ、その存在から守るとでも言うように。

 

言葉を封じ。

細い腕を伸ばす。

無骨な鎧は伸ばされた腕をそのままに、

じっと動かない。

まるで今まで動いていた事が嘘のように。

 

ゾワリ

 

背中を何かが這い上がった。

なんだ。

動かない鎧に異様な感じを受ける。

今まで動いていた事を知っているのに、

まるでそれに命が無いかのような、ただの無機物であるかのような、

そんな感じを受ける。

 

自分は軍人で。

もちろん、命のやり取りをした事もある。

戦場で銃を握った事も、目前の敵をなぎ倒した事も。

鎧を纏っていた者もいた。

 

それとは違う。

 

人の気配がしない。

動いていないからという理由ではない。

生きている気配がないのだ。

 

そんな事があるはずはない。

実際、動いている所を見たではないか。

「鎧」は自分を引きずってここまで来たではないか。

 

(・・・気持ちわりぃ)

 

符号の一致を思ってしまう。

・・・まさか。

まさか。

鋼の砦 26
鋼の砦 27