まるで偽善ばかりが横行している。
1人監査部に行き、何事も無かったかのように廊下でコーヒーを飲んだ。
全く持って様々な事が起き過ぎるのだ。
少年だと思っていた少女の出現。
その頑なな心とそれ故の反発。
燻っていたテロの同時発生的な厄介ごと。
そこに少女の弟の登場。
あの弟が、どのような意味を持って存在しているかなど、
どれ程の人物が納得すると言うのだろう。
「あの無骨な鎧の中身は空っぽで、僅か12歳の少女が魂だけを定着させました」
どんな嘘か冗談か。
エイプリルフールでさえ、悪質な冗談だろうと目を胡乱気にされるだろう。
馬鹿馬鹿しい。
・・・・実際に、あの惨劇とも言える場所にいなければ、
自分でも受け入れられるはずがないだろう。
鎧の弟の存在など。
「嫌になるな・・・さて、どうしたものか」
あの様子ならば、弟はエドワードの性別詐称について同意はしていないようだ。
同意というよりも、詐称について何も聞かされていなかったと言える。
そして、それを受け入れるつもりなど無いように見えた。
以前自分が、「身の危険があるのだから、国家錬金術師になれない」とエドワードに事外に告げた時、
彼女は「否」と断った。
自分の身の危険を理由にして、弟に「我慢してくれ」などとは言えないと。
そんな事にエドワード自身が我慢ならないと。
それが机上の空論だと言う事に気付かされたのはつい今しがた。
実際に、動き続けながらも人の気配を感じることのできないその存在を、
再びその面前に見たとき、感じたあの感覚をどのように言えばいいのだろうか。
いや、言葉になどできるものではなかった。
人としての恐怖だと。
神の存在を盲目に信じているものでさえ、それは受け入れ難いものであろう。
人とモノの両義性に位置するモノに恐怖しないものなどいない。
『俺にはもう、アルしかいない』
そう言ったエドワード。
それ以外に、彼女は自分の居場所を示す事ができないのだろう。
全くの他人と言える私自身が、息を呑むほどの恐怖を覚えた。
それは、当然の事。
そして、それを彼女はいつも前にして、受け入れなければならないのだ。
弟をその鎧に定着させたのはエドワード自身。
もはや狂気と言ってもよい所業であったろう。
憎むべきはその天才と称された能力の高さであり、その子ども故の無知であった。
出来ない事を知らないという無知。
大人ならば躊躇するその行いは、
命宿らないものに、魂を与えてしまった。
それに気付いた時には、すでに何もかもが遅かった。
鎧は「姉さん」とエドワードを呼び。
エドワードは鎧を「アル」と呼んだ。
すべてが偽善のように甘く、そして幸せのように尊い。
それを信じていなければ、それすら崩れてしまうのではないかと言うほどに。
ロイはふぅと息を吐くと、
飲み干したコーヒーのカップをくしゃりと握りつぶした。
閉じた瞳をゆっくりと開いて、手の中にあるへしゃげたカップを見た。
どうも世界は生き難く、問題を山済みにしてくれている。
順調に地位を上げてきたと笑っていて、
優秀な部下を集められたと思ったりもして、
あとは、もう少し上の者たちが静かになればいいと。
そう思っていたというのに。
大きな問題を抱えてしまったではないか。
「しかし、大概・・・私も甘いようだ」
自分は知ってしまって。
あの少女の睨みつけるような眼差しと、
「違う後見人を」と言い出した時の嫉妬にも似た感情。
弟を背にかばった時の「姉」としての一面。
子どもに手を差し伸べるのは趣味ではない。
それでも、その瞳にもう一度「焔」を宿らせてみたいと思ったのは事実。
そして、その瞳のままに彼女は私の前に立った。
重い荷物を背負い、それでも「来てやった」と不遜に示した。
軍人になり、目指すは頂点唯1つ。
国家の全てを手にするあの席1つ。
その為に、捨ててきたモノも数多い。
笑いに潜ませながら、それでも足下だけは常に気を張ってきたのだ。
そんな自分が。
「とっくに、答えなど出ていたのかも知れないな」
子どもをこの手にしたいと思った。
よく考えれば、田舎の兄弟。
しかも、目の前で人体練成の禁忌を犯していた事など承知で。
「国家錬金術師に」と道を示し、自分の下に来るようにと言ったではないか。
まさか、こんな事になるとは思っていなかったが。
ここから切り離そうと思えない自分が、よほど嫌になる。
今まで疑ったことのない自分の頭脳がすでに、
この現状を打破するための打算的な回答を用意し始めているではないか。
方向は決まった。
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鋼の砦 28 | ![]() |
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