「なぁハボック」と上司は話しかけた。

弟は眠ってしまった姉の傍についていると言い残し、

この休憩室を後にしていて。

 

 

 

 

「お前は、あの姉弟をどう思う?」

 

 

これまた核心に迫らずもこちらの会話を探り出そうとしている聞き方だ。

どの程度の会話を期待して話をしているのだろうか。

上司の真意を探る。

 

 

「どう・・・というと?」

 

「危険だと思うか?」

 

 

危険かと問われれば「イエス」と答える。

 

まだ歳若いものをこちらの側に引きづり込むような真似は確かに危険だ。

有益なモノを早くから抱き込んでしまおうとする軍部の方針には従っているとも言えるが、

力を見えすぎる形で得ていくというのも、自分の保身ばかりを考えている上のモノにしてみれば、

脅威以外の何物でもないだろう。

 

すぐにどこかの穴をほじくり出して、総攻撃を駆けてくるに決まっている。

危ない橋を渡りたくないというならば、ここは渡るべきではない。

 

 

 

・・・・・ってことなんですが。

なんですか、あんたのその顔は・・・・・まったく。

 

 

 

「って、決めてることをワザワザ確認することないっスよ・・・・大佐」

 

 

「ほぅ。分かるかね」

 

 

くくくっと喉の奥を振るわせるような笑いを漏らして上司は面白そうにしてみせた。

こんな顔をしている時は大抵悪巧みを考えているときに他ならないのだ。

 

 

「まぁ、あいつが優秀だっていうのは俺だって分りましたし、悪い奴ではないと思いますよ。

 ただ、・・・・まぁ不確かなところが多すぎてどうとも言えないですけど」

 

 

ずっと吸えなかった煙草のフィルターをガシリと奥歯で噛みながら、

弟についての違和感を話す。

 

 

生きている感じがしないのが、酷く怖いのだと。

 

 

大佐は一瞬だけ目を見開くと、すぐに苦笑したような顔を見せる。

企んでいた顔はどこか忘れてしまったように隠しこんで、ふぅと息を吐いた。

 

 

「・・・・・神様は子どもであっても行いを正しく罰せられるのだということだ。

 ならば、力など与えなければいいと思うが、それは別の話らしい」

 

 

 

屈強な鎧を操るまだ12歳以下の子ども。(姉の年齢が12歳だということからの推定)

ガショリと金属の音は聞えるが命の音は今だ聞けていない。(心音だとか体温だとか、そんなもの)

そして何より、自分の中の警笛が震える。まるで人ではないと教えているかのようだ。

 

 

苦笑した上司はこちらに全てを教えるつもりではないらしい。

ただ、姉弟の持つ謎を隠し通せるとも思っていないようだ。

つまりは、自分で見つけ出して、それをどう判断するかを見たいのだという。

 

 

 

「とにかく、資格剥奪を進言するつもりはないって事っスね」

 

 

「あぁ、あの子は道を欲している。それはここでしか手に入らないものだという。

 もちろん私もそう思っている。

 この国は良くも悪くも軍事国家だ。軍に在籍しているものに権力が集中する。

 あの年齢でこの国を闊歩しようとするならば、国家錬金術師ほど魅力的な資格はあるまいよ」

 

 

吸い続けている煙草の煙は2人を取り巻いていく。

軍人の勝手な思想で、小さな子どもの姉弟をどこか煙に巻いていく。そんな具現に思えてくる。

 

 

「力を持った子どもがそれの為に罰せられて、

それでも力を持っているから進み続けなければならないって事っスか・・・・」

 

 

 

「・・・・・・・そうだな」

 

 

 

威勢のいい小さな子ども。

それだけならば田舎に帰っても、この中心部の都市でもよく見かける子どもと大差ない。

けれど、あの冷え切ったような鋭い目とどこか人を切り捨てきれない弱さと、

何より弟を抱え込んで背負い込んでいるあの姿は、とてもよく見かけるなどと言えない。

 

 

 

 

「俺ってば優しい男だから、あんな小さな子に無理させるのって性に合わないんスよ」

 

はぁとため息混じりに言いながら、ニヤリと笑って上司を見る。

 

「道がこれしかないって言うなら、手助けしてやるって事スね・・・はいはい了解しましたよ」

 

 

 

これから俺がしなければ成らないのは弟についての情報収集。

 

きっとあの上司が目をつけた子どもであり、あの事件解決に一役買った子どもであるエドワードは、

国家錬金術師の資格を得るだろう。

中央に出向いてこちらに戻ってからはそれなりの時間が経過している。

そろそろ合否の判定がもたらされてもいい頃だろう。

 

エドワードの弟である鎧の彼は、自分と話したように姉をどうにか守ろうとしているらしい。

まだ彼の性格について確かな核心は得られていないし、どう事態が動くのか定かではない。

 

上司はエドワードの事を手放すつもりはないらしく、

ならば彼と思われている彼女が女性であるという秘密は守らなければならないモノであり、

それが暴露されでもすれば、上司の進退問題に大きな影響を与えることになるのだ。

 

 

姉を軍に入れる事、そして性別を偽るということに納得をしていない弟が、

どこかのタイミングでその秘密をばらさないという保障はどこにもない。

説得を試みるか、または違う理由をつけるか、どちらにしても新たな鍵を握るのは弟の存在と言える。

 

 

 

「あいつ・・・姉より少しは扱い易い奴だと助かるんだけど・・・」

 

 

 

姉と弟の絆というものを少しの時間だけでも充分に感じていたから。

その絆とやらを利用して少女を軍から離そうと思っていたのだが、それが全く逆に作用しそうだ。

 

 

 

ハボックは頭を抱えつつ、それでも必死にここにしがみ付こうとしている少女にとって、

少しでも良い方向に進めばいいなぁとぼんやり思う。

あの上司は意外に甘いところもあるし、少女のことを一応気にいったようだし・・・。

大体、自分の足を引っ張るような相手を上司が手元に置いて置くという結論を出したわけで、

・・・・・・・出したわけで。

 

 

「気にいった・・・・って、まさか・・・・・・いくら女好きといっても」

 

 

サァーっとハボックは体中の血が下がっていくのを感じた。

女好きを公言憚らない上司ではあるけれど、まさか14歳も年下の相手であるのだしと様々な条件を

浮かべては自分の考えを却下しようと努める。

しかし、全て「あのロイ・マスタング」ということが頭を掠めれば、冗談では済まされないのではないかという考えが浮かんでくるのを止められない。

 

 

「頼みますよ・・・大佐ぁ。俺は犯罪者の部下になる気はないっスよぉ」

 

 

情けなくも既にここから姿を消している上司に縋りながら、

少女を軍に引き止めることを躊躇いそうな自分が確かにいることに気付いていた。

 

 

鋼の砦 29
鋼の砦 30