とぼとぼと歩く司令部内の廊下は一層の寂しさをつれてくる。
女癖の悪い上司の素行にまで頭を痛めなければならないというのは、
働き難い職場ランキングの項目に入るのではないだろうか。
第一、少年だとずっと思っていた子どもに対してぶつけて良い感情ではないように思う。
・・・・まぁ、打算的だと思っていたあの上司が、それでも何かを欲するために自分の利益以外のところで力を出すというのはいい傾向なのかも知れないが。
(・・・しかし、結局は自分の利益のためか?)
あの壮絶であったという戦場の経験が悔しいことに自分にはないので、
彼の心の闇というものがどれほどかは知る由もないが、
それでも人を愛する心を忘れていないというなら、それだけで十分な気さえするのだ。
問題は山積みではあるが。
「はぁ・・・・ってか、どうすんだよ」
「何がだ?」
まったく独り言のつもりで声に出してしまっていた声に対する返事を耳にして、
廊下の縁につかまるようにダラダラと歩いていた肩がピシリと伸びる。
声のした方向にゆっくりと顔を向ければ、そこには見慣れたでっぷりとした腹が見えた。
「ブレダ!!!」
あぁ、こんなにもお前が癒し系だったなんて今まで気付いていなかったよ俺。
まるで愛しい恋人との再会を果たしたかのようにガバリとブレダの大きな腹に抱きついた。
「・・・・・ハボック。おぉよしよし。って・・・・・まぁとりあえず、離れろ」
士官学校時代のノリでブレダは腹に抱きついている自分の頭を撫でる格好をしてくれたのはいいが、
何度か撫でると、その手でそっと肩を押して離れを促した。
「そっちはどうなってるんだ?」
「あぁ、あらかた片がついたぜ。まぁ予告状で手こずらせてくれたが、
捕まってからこっちはベラベラとよく話してくれる」
テロの実行犯を確保してから後にブレダはその供述の裏づけをとったり、調書作成を行っていた。
大騒ぎの末に逮捕した実行犯たちは大人しくその罪を打ち明けているというところだろう。
・・・・なんか、俺もそっちの方が楽そうだ・・・・なぁ。
じとりとした目でブレダを見ると、彼は一歩だけたじろいで、「なんだ?」と問いかけてきた。
「いやぁ・・・なんか通常業務っていいなぁと思って」
「お前・・・何かあったのか?」
裏切りや嘲り、手段を厭わず他の者を蹴って上を目指す。
そんな軍部内であっても、俺はブレダを信頼していた。
信頼なんて言葉ははっきり言って嘘くさいと思うけれど、それでも信頼している。
あの生意気な少年が少女だったと告げることは、きっとしてはならないことで。
それは軍の規定でないにしろ、誰かの秘密をベラベラと喋るのはいいことだとは言えない。
うぅと唸り声だけをあげる。
ここでブレダに全て話してしまっていいものなのか。
もちろんそれはブレダの口が軽いとか、
彼が少女にマイナスに作用するとかといった心配をしての事ではない。
彼は頭がいい。
こんな腹のでっぷりとした成りをしているが、頭の回転は速い。
それは軍陣の動かし方や修練の計画などに充分に生かされていて、
作戦会議における彼の発言についての信頼は大きい。
これから先に、彼女がこの狡猾な軍部の中で生き残っていこうと考えるならば、
彼の頭脳は少なからず利をもたらすのではないかとさえ思うのだ。
「なぁ・・・・今から言う事を落ち着いて聞けよ」
今までにないような低い声で耳打ちするようにしてブレダを静かな一室に連れ込んだ。
ぐぃと押し込むようにして。
慎重に言葉を選び、彼女の秘密を打ち明ける。
話し出すと話は途切れることなくつらつらと続いた。
エドワードが女性だということ。
その弟の存在。
そして、それら不利益だと思えることを上司であるロイ・マスタングは容認しようとしていること。
「・・・・お前はどう思うとか言うんだぜ。まったく・・・どうしろって。
あいつは男っぽいっていっても女なんだし、あの弟を説得したりするのは中々難しそうだし」
「なぁ・・・・ちょっといいか?」
ガシガシと頭を掻いて話せば、ブレダは手を伸ばして声を制した。
自分としても大方の話は終わっていたし、ここで話を切る事に何の抵抗もなかったので、
そのまま声を止めた。
「基本的なことで恐縮なんだが・・・・いいか?」
あぁ、こいつも理解できないって訳だな。
分かるっ分かるぞ友よ。
あの生意気な少年と思っていた子どもが急に女だったなんて、信じられないんだよな。
あぁそうさ。
「お前エドワードが女だって気付いてなかったのか?」
そうそうエドワードは・・・・・・。
・・・・・・・・・はぁぁぁ?!!!!
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鋼の砦 30 | ![]() |
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