遠くに兵士たちの訓練の音が響く小さな部屋でのやり取りだった。

銃の連射の音であったり、ザッザッという縦列の音であったりが響いたが、

その聞きなれた音のどれよりも、ブレダの声はよく通った。

 

 

エドワードがこの司令部にやって来た時から今までの間。

自分よりずっと関わった時間が少ないというのに(大佐に比べたら、それよりさらに少ないというのに)

ブレダは俺が驚愕の新発見とでも言えるような驚きを示したその事に、あっさりと気付いていたようだ。

むしろ、気付いていなかったのか、とその事の方が余程驚いたという。

 

 

 

「でっでも、お前だって生意気なガキだとか、そんな風に思っていたろう?」

 

 

まだエドワードの能力が発揮される前、エドワードはただのガキだった。

その後の暗号解読によって、その能力の高さに対しては純粋に敬服に値するものであると思ったが、

その頭の良さと比例するように、エドワードは捻くれたガキだと思うようになった。

 

そうして、その認識はやはり隣でエドワードの態度を見ていたブレダも同じように感じているのだと

思って疑わなかった。

その後に彼(当時はそう思っていた)の寝言を聞いて、

もしかして、こいつのこの態度は虚勢なんじゃないかとか、

そんな風にいろいろと考えてたりしていた俺だけれど、そこにブレダは居なかったというのに。

 

 

「確かに、生意気だとは思ったが、男だと思うより、女だと思うほうがしっくりしてたんだよ。

 背が低いのも、髪が長いのも、金髪に赤いコートだなんて、【可愛い】部類だろうが・・・よ。

 大体、あいつが男だって言うなら、俺はとっくにぶん殴ってやってたさ。」

 

はぁとため息を吐くブレダは、

「お前・・本当に気付いてなかったんだな」という呆れのような風を醸していた。

 

 

「だっ!!あんなに口の悪い奴が女の子だなんて直ぐに分気付かないだろ?普通!!」

 

 

大佐だって気付いてなかったんだという事を、こちらとしては盾にして戦いたいものだが。

 

 

「あんなに小さい奴が、ここに来たってことは、それなりに覚悟があるんだと思った。

・・・・・大佐が性別について何も言わないってことは、きっと隠しているんだろうともな。

 女だなんて言うより、その方が都合がいいなんて、誰が言わなくても分かる事だろ?

まさか、気付いていないなんて・・・なぁ。

・・・まぁ、大佐と中尉はあいつがまだ小さい時に会ってるから、そん時の印象があったんだろ。」

 

 

「まぁ中尉が気付いていなかったのは驚いたけど、大体皆気付いてるんじゃないか?」と

ブレダはあっさりと言ってのけた。

 

 

俺はどう反論しても、反論しようがないことに気付き始めた。

 

大人は馬鹿でどうしようもない。

そうだな・・・あの小さな子どもがここに来る事にまず疑問をもつ必要があったんだ。

僅12歳で国家錬金術師になることが「すごい」訳じゃない。

そうならなければ成らなかった、その子どもの事を考えるべきだった。

 

確かに恵まれている資格だろう。

多額の研究費に普段見ることの出来ない貴重書の閲覧許可・・・そして少佐相当の権限すら持つ。

 

けれど、同時に得るのは【軍の狗】という肩書きと市民からの侮蔑。

「錬金術師よ大衆の為にあれ」なんていう、市民側からの言わば一方的な願いによって、

それに反し国家に組する者としての迫害を負わなければならない。

 

有事の時にはその身を差し出し、人間兵器だなんて何のひねりもない言われようで、

戦場へと行かなければならないというのに。

 

 

 

そんな事を願う親がいるだろうか。

 

 

 

あんなに小さな子どもを、まだ親の庇護の下で暮らしているはずの子どもを、

どうして軍に差し出すようなことができるだろう。

 

 

 

あぁ、俺はなんて馬鹿なんだろう。

 

 

 

「お母さん」と切れ切れに名を呼んでいたエドワードの何と弱々しかったことだろう。

その声は親を捨てた懺悔ではなくて、愛しい人を呼ぶ声だった。

 

そして、必死に手を伸ばし捕まえようとしていたのは、弟の影。

 

 

 

あの子どもはきっと計り知れない覚悟を持って、ここに来ていたのだ。

だから、あれ程にこちらに対して懐こうなどという姿を見せなかったに違いない。

 

 

 

「なぁ・・・・俺って馬鹿だなぁ」

 

 

ドカリと冷たい床に腰を下ろす。

両足を投げ出して、壁に身体をもたれさせ見上げて、ブレダを見た。

 

 

呆れているような、しょうがないなというような顔で、ブレダは息を吐いた。

 

 

「まぁ・・・お前は一生懸命だったんだから、しょうがないさ。

 大体、軍人としてどうかと思うほどに素直で優しすぎるのがいけないんだ。

 それに、大佐があいつの事を少なからず大切に思っているなんて事、気付けないでどうするよ」

 

 

・・・・・・まだ、それがありましたね。

そう、大佐ってばエドワードの事を大切に思い始めてるらしい・・・んスよ?

え?・・・それも気付かなきゃいけない部分でしたか・・・?

 

 

「普通、腕と足をなくした子どもに会ったからって、あの人がここに来いなんて事言うか?

 もちろん能力を高く買ったからと言ったって、そんなまどろっこしい事ができる人じゃないだろ。

 子どもの力使って上を目指すぐらいなら、自分の力でどうにかする方法を考える人だよ、あの人は。」

 

 

 

「違いない・・・・」

 

 

 

もう、上を見上げる気力も無いと言うように肩を下げる。

 

 

 

「ほらっ顔を上げろよ。いいか、考えなきゃいけないのはこれからの事だ。

 お前がエドワードを女だと気付けなかったとしても、これからどう動くかはお前次第だろ?」

 

ポンポンとブレダは俺の頭を叩いた。

それでも痛くなく、それは背中を押すのと同じ動作だ。

 

 

「・・・・お前が女にモテル理由だけは分かった気がするよ」

 

 

頭に手を置いたままのブレダを弱々しく下から見上げて言うと、

「へへっそりゃ良かった」とブレダは大きな腹を揺らして笑った。

 

 

優先順位は決まった。

 

とにかく、あの子ども達を助けようと思う。

 

先の分かる部下でいろといった上司は、自分の身は時分で守るといった。

 

ならば守ってもらおうじゃないか。

 

 

少女の秘密を守る事がすなわち上司の進退にも関わってくる。

そして、自分はあの姉弟を助けたいと思っている。

 

 

軍人として、大人として、人として。

あれ程にまで必死に生きようとしている子どもを守りたいと思うのは、

誰に否定されるものでもないと思った。

 

 

 

 

鋼の砦 31
鋼の砦 32